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糖尿病3分間ラーニング
【新コーナー】日本の足を支える医療者たちによるリレーコラム
2017年08月31日
カテゴリー: 糖尿病合併症    

フットくん
足病変とフットケアの情報ファイルは、日本の足を支える医療者たちによるリレーコラム「つなごう、足への想い」をオープンしました。フットケアや足病予防に積極的に取り組む医療者個人の想いにフォーカスする新コーナー。足に関わるきっかけや忘れられないエピソードなど、まずは4名の投稿をご紹介いたします。
1. 「足との出会い」
  東京都済生会中央病院 看護師 高梨未央さん

 私が足を好きになったのは、高校2年の夏休みに1日看護体験で患者さんの足浴をさせて頂き、「気持ちがいい、足がきれいになってうれしい」という患者さんの笑顔を見られた時です。看護学生の実習時、看護計画にはいつも足浴を入れていました。足浴を行うことで患者さんは笑顔になり、時に辛い胸の内を話してくれたりとコミュニケーションを図るのに有効なケアでした。

 看護師5年目、院内褥瘡対策チームの一員となり、被覆材の秘めた力、看護ケアで改善してく褥瘡、予防ケアの実施で褥瘡の発生を減らせることに魅力と喜びを感じていました。

 ある日の回診時、“圧迫のないところにできた足の傷”に出会いました。一緒に回診をしていた企業看護師(WOC)に、褥瘡ではなく静脈性潰瘍だと教えてもらい、「静脈性潰瘍と動脈性潰瘍」を取り上げた看護雑誌のコピーをもらいました(今もそのコピーは大切に保管しています)。それを読み、足の奥深さに取りつかれていきました。

 その頃から、足の傷の依頼が増え、多くは糖尿病・透析患者でした。今まで勉強してきた褥瘡ケアではよくならないどころか悪化していく、中には足を失う人もいました。なぜだろうという思いを抱えながら、今から10年前、透析室へ異動しました。

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2. 小さなささくれから下腿切断、義足で歩行獲得できた患者さん
  東京西徳洲会病院 看護師 矢野晶子さん

 私の看護師経験の中で心臓カテーテルに勤務していたことがありました。その後透析室に異動になったのですが、心臓カテーテル室で勤務していたため、「血管のこと知っているよね? フットケア担当してね」という上司の言葉からでした。まずはクリニックの透析患者さんのフットチェックから始めましたが、最初はやはりチェックのみで終わることもありました。それでも基幹病院にはフットケア外来があり、何かあればすぐに相談できる環境であったと思います。ただ、相談できる環境であったとはいえ、傷ができた場合に受診を促していることがほとんどであり、巻き爪や胼胝、鶏眼で受診することはありませんでした。

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3. 多職種の地域ネットワークで足の問題解決に挑む
  福岡「NPO法人 足もと健康サポートねっと」
  社会医療法人喜悦会 那珂川病院 医師 竹内 一馬さん

 高齢者の足を守るためには、医療・介護福祉施設のみならず、民間の靴・インソール製造販売関係などとの情報共有や医療関係以外の他業種・多職種の連携を図っていくことが急務と考えます。医師、病院だけではすべての足のトラブルは解決できていないのが現状です(もちろん足の領域に限ったことではありませんが)。

 病院を受診した時点で既に助ける術もない状態に陥っていることがあります。我々はそういった方々を一人でも多く救いたいと思っています。ではどうすれば良いでしょう?患者さんの足が取り返しのつかない状態になる前に早く気付いていただく、こんな病気がご自身の身にも起こることがあるのだ、ということを知っていただきたい。異変を早期に発見し、早期のうちに治療を行うことが一番の近道であると思っています。

 しかし、これらのことは医療機関だけでは解決できないことだと感じ、義肢装具士、民間の靴店などと一緒に“足の健康を啓発”するために2011年に「NPO法人足もと健康サポートねっと」を立ち上げ、診療の合間に活動を続けています。

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4. リリーインスリン50年賞を受賞した父が教えてくれた事
  総合病院 土浦協同病院 看護師 内田みさ子さん

 インスリン治療を50年以上継続している糖尿病患者を表彰する「リリーインスリン50年賞」をご存知でしょうか?この賞は、米国でインスリンメーカーのイーライリリー社が1974年に設立した世界糖尿病デーに合わせて毎年11月に東京で授賞式が開催されています。日本でも2003年〜2016年までに120名が受賞し、2017年度11月に第15回の受賞式が開催予定で、受賞者には名前を刻印した銀製のメダルと世界糖尿病デーのシンボルカラーの「青いバラ」が贈られます。

 父も第10回の受賞式で受賞させて頂きました。50年というと半世紀です。半世紀前のインスリン注射は、注射器はガラス製で煮沸消毒をし、長く太い針を臀部に刺していたそうです。現在では進歩したインスリン治療ですが、当初のコントロールは大変難しく、父もおそらく高血糖と低血糖に悩まされながら半世紀に渡りインスリン治療を行なってきたのだと思います。

 私は、物心がついた頃には、家の冷蔵庫にはインスリンのバイアル製剤が卵の隣に陳列し、食卓には注射器が当たり前のように置いてあった光景が日常でしたので、糖尿病はとても身近なものでした。看護師になってからの私は、この父から、糖尿病にまつわる多くの経験知を授けていただきました。そして、父の足病変も経験しました。 この父の足病変から得た学びは、とても重要なものでした。看護師として父から学んだことは「予防の難しさ」と「継続支援と地域連携の重要性」でした。

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関連情報

日本の足を支える医療者たちによるリレーコラム「つなごう、足への想い」

足病変とフットケアの情報ファイル

一般社団法人 Act Against Amputation

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