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糖尿病3分間ラーニング
超えられる壁 越えられない壁 連載「インスリンとの歩き方」
2018年08月03日

1型糖尿病患者の遠藤伸司さんによる連載「インスリンとの歩き方」では、第25回「超えられる壁 越えられない壁」を公開しました。連載「インスリンとの歩き方」へ ▶

連載「インスリンとの歩き方」

 執筆者の遠藤さんは、中学生の頃に1型糖尿病を発症。以来、約30年間の療養生活の中で、留学や進学、就職、そして転職、プライベートまで幅広い経験を積み、なにかと無理をすることもあったようです。

 連載では、そんな遠藤さんの半生を、糖尿病と上手につきあうためのコツやノウハウを中心に、実体験のエピソードを交えて語っていただきます。1型糖尿病患者さんをはじめ、2型糖尿病患者さん、糖尿病医療に携わる方々は、ぜひご一読ください。

インスリンとの歩き方/執筆者プロフィールへ ▶

第25回 超えられる壁 越えられない壁(本文より)

 自律神経からなのか。

 朝起きられない症状は、その後も僕を苦しめた。

 食事も食べてもいないのに、僕の血糖値は低血糖どころか、高血糖が持続的に続くようになった。測れども測れども200mg/dLオーバー。僕は血糖測定すら嫌になっていたし、自己管理ノートに血糖値を記入することなんてありえなかった……。

 ただ、1週間ぐらい経ってからだろうか。徐々に朝は起きられるようになり、腹も減るようになった。そして、三食食べる生活に戻し、仕事もできるようになった。

彼女からの別れ

 また、忙しい仕事の生活に戻るやいなや、今度は、1型糖尿病を理解してくれていた彼女から、突然の別れを告げられた。まるで、マジシャンの手にいた鳩が突如として消えるように、彼女は理由も告げずに僕の前から消えていった。

 低血糖のときには、自分のかばんの中に持っていたブドウ糖やコーラを渡してくれた彼女、ときには1型糖尿病のことを知りたくて一緒に病院に同行しドクターの診察に立ち会ってくれた彼女、外食の際は、僕を羨ましがらせないようにと、同じくらいのカロリーのものを食べてくれていた彼女だった。

 僕が中学1年生で1型糖尿病になったときに、母親からは「あなたを結婚できない体にしてしまった」ということを言われたのは、30歳を前にした今でも覚えていた。

 しかし、母親のそんな言葉も、ようやく、この彼女が壊してくれるのだ!と僕は密かに期待していたのだ。

 しかし、彼女に突然フラれ、様々な思い出が、潮の満ち引きのように何度も何度も繰り返し僕の脳裏に蘇った。ある意味、1型糖尿病の診断を下されたときよりも、ショックな宣告だった。

 何のために血糖値を測り、何のために面倒なインスリン注射をして、食事をし、仕事をしているのだろう……。

 仕事もインスリン注射も全てが面倒になった。答えが出ない質問を延々と繰り返して、僕は数日、いや数週間、いや数カ月を生きた。

 頭では「前に進むしかない」ということをわかってはいたが、そんなに早く切り替えられるスイッチなど僕のハートは持ち合わせていなかった。それは、入社6年目のときであり、そろそろ30歳を迎えるころだった。

 しかし、僕がそんな状態であろうと、周りにいるセールスマンは僕に追いつこうと車の売り上げをどんどん積み上げてきた。この時点で、僕の販売台数はトップだったのだ。

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第25回 超えられる壁 越えられない壁 ▶

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