No.9
『糖尿病からの帰還』を読んで
つい先日、文藝春秋より、糖尿病ネットワークで紹介してほしいという手紙とともに、一冊の本が送られてきました。「へえ〜。文藝春秋の人もこのホームページを知っているのかぁ。メジャーになったなぁー」と、少し得意になって包みを開くと、送られてきた本の書名は『糖尿病からの帰還 インスリン注射と訣別した女性』でした。
「なんだ。民間療法のPRか」と思ってパラパラとページをめくると、すぐにそんな思い込みが間違いだと気づきました。
著者はアメリカの人で、10歳のときに1型糖尿病を発病し、膵腎臓同時移植を受けた女性です。現在は、糖尿病であったかつての自分を客観的にみることができる状況にいます。その視点に立った糖尿病の治療・医療に関しての社会へのメッセージは、さまざまな問題提起を含んだ記述になっています。文字数が結構あって、私の頭は少しオーバーヒート気味ですが、どうやら著者の言いたいこの一部は理解できたと思います。
今から約80年前にインスリンが発見されたことによって、糖尿病は死を待つしかない病ではなく、治療可能な病気のひとつになりました。その後、インスリン製剤の改良やデリバリーシステムの工夫により、どんどん血糖コントロールはしやすくなってきています。今では糖尿病は、一般的に、「患者自身の自覚と努力によって、全く健康な人と同じようにコントロールできるもの」とされています。
著者は、こうした情報、社会の雰囲気に対し、「果たして本当にそうなのか? 合併症を抑えるのに十分な血糖値のコントロールは、健康な人と同じような生活の中でも可能なのか」ということを問いかけます。そして、「糖尿病のコントロールの難しさ、迫ってくる合併症の恐怖、それらを社会や医療提供者は理解しているのか。インスリンにより血糖値が下がることを、糖尿病を治療できることと同一に扱っているのではないか」と迫ります。また、膵臓移植に関する情報の少なさ、合併症が進行した人にとって膵臓移植を受けることが、それまでどおり強化インスリン療法を続けることよりどれだけ有用かを、認識している人が少なすぎる現状を訴えます。
このような意見に、「現在の社会システムは、糖尿病患者にもできるかぎりの保障をしているのではないか。実際に、糖尿病であっても健康な人と全く同じように生活している人はいくらでもいるではないか。臓器移植を広めようといっても、それは無いものねだりではないのか?」と応じることは簡単です。しかし本書には、安易にそう答えることは、より大きな問題から目をそらす行為だと書かれているようです。
このように紹介すると、本書には批判めいたことばかり書かれているように思われるかもしれませんが、そうでもありません。著者の闘病の記録と、新しい治療法、膵臓移植や膵島移植、膵島細胞の再生ほか、最先端の治療法の研究がわかりやすく解説されています。一度お読みになってみてはいかがでしょうか。
本書がなぜ『糖尿病からの帰還』という書名で、『インスリン注射と訣別した女性』という副題がついたのか。その理由を考えるのも、意味あることのように思います
『糖尿病からの帰還 インスリン注射と訣別した女性』
デボラ・バタフィールド著/西俣総平訳/岩本安彦監修
文藝春秋発行
2,381円