〔このコーナーは医療スタッフ対象です〕
妊娠・出産とグリコアルブミン


破線 妊娠中血糖管理におけるグリコアルブミンの有用性

目次


§1 妊娠期間中の血糖管理指標
 このコーナーの第1回目は、糖尿病の患者さんが妊娠を希望したとき(糖尿病合併妊娠)や、糖尿病ではない人が妊娠をきっかけに軽い高血糖になったとき(妊娠糖尿病)は、「血糖の正常化」という通常の糖尿病治療よりもいっそう厳格な血糖管理が必要だという点について、日本糖尿病・妊娠学会前理事長の中林正雄先生に解説いただきました。第2回目は、血糖を正常化できているか否かを判定する検査について話を進めていきます。

「血糖の正常化」を把握できる検査とは?
 現在、血糖管理状態を把握する主な検査として、HbA1c、グリコアルブミン(GA)、1,5-AG の三つがあり、特に HbA1cは世界的にゴールドスタンダードとして繁用されています。

HbA1cの問題点
 HbA1cは採血時点から約1〜2カ月間さかのぼり、その間の血糖状態を反映するため、外来で月1回あるいは2カ月に1回の測定であっても血糖状態を把握できない期間が生じる可能性がなく、使い勝手の良い検査です。しかし、「採血時点から過去1〜2カ月の血糖状態を反映する」ということは、仮に血糖管理が不十分な場合であっても、そのことが検査値に表れるのにも1〜2カ月を要するということです。通常であればそのことで合併症の発症・進展に影響が及ぶとはまず考えられません。しかし、「血糖の正常化」が要求される妊娠中に指標とするには大きな支障となります。
 また、妊娠の進行とともに胎児の鉄需要が増加しますが、それに供給が追いつかず、しばしば鉄欠乏性貧血が生じます。そのとき、代償的に赤血球寿命が延びて、血糖と結合するヘモグロビンの量が相対的に増えます。結果として、妊娠中、特に妊娠後期には、HbA1cが偽高値をとることが知られています。
 さらに HbA1cは、DCCT 以来豊富なエビデンスが蓄積され、合併症の発症・進行との良好な相関が明らかになっているものの、臨床試験の多くは登録時に妊婦は除外されるため、妊娠に伴う合併症の発症頻度と HbA1cの相関に関するエビデンスは、他の血糖管理指標と同様に、必ずしも十分ではありません。

1,5-AG の問題点
 では、1,5-AG はどうでしょうか。
 1,5-AG は採血時点から過去数日間の血糖状態を反映し、より軽度の高血糖に鋭敏に反応するとされています。一見、妊娠中の管理に最も適していると思われる特徴を有しているわけです。しかし、妊娠中は正常妊婦であっても、尿糖排泄閾値の低下によると考えられる1,5-AG の低下が認められます。糖尿病合併妊娠や妊娠糖尿病の場合、血糖状態との乖離が大きく偽低値となり、管理指標にはなりません。

 以上のような理由から、妊娠時の血糖管理指標として、残るもう一つの指標であるグリコアルブミン(GA)に期待が寄せられ、数年前から日本糖尿病・妊娠学会が中心となり、研究が進められてきました。ここで、2010年に発表された同研究の結果を紹介します。

§2 日本糖尿病・妊娠学会の研究から
 日本糖尿病・妊娠学会の調査の目的は二つありました。一つは、正常妊婦における HbA1cとGAの基準範囲を設定すること、二つ目は、設定された基準範囲から逸脱した場合に生ずる妊娠時合併症の頻度を調べることです。

正常妊婦の基準値は、HbA1c5.4%未満、GA15.8%未満
表1 基準値設定に関する研究における解析対象からの除外条件
 まず最初に一つ目の研究結果をみてみましょう。
 国内の9施設から千例を超える症例が報告され、そのうち表1に示す除外条件に該当する例を除き、574例が解析対象となりました。それらの HbA1c、GA、随時血糖の平均値の推移を図1に示します。

図1 血糖コントロール指標の変化(正常妊婦)

 HbA1cは妊娠の進行に伴い、いったん有意に低くなり、その後、非妊娠時・妊娠初期時のレベルに戻ります。GAは妊娠の進行に伴い徐々に低下し、中期以降は非妊娠時・妊娠初期時より有意に低くなります。随時血糖は妊娠の全期間を通じて非妊娠時より有意に低い状態で推移します。
表2 妊娠中のHbA1c・GA基準範囲(Mean±2SD)
 この結果から、妊娠時の基準値として、HbA1cは4.1〜5.3%、GAは11.5〜15.7%という値が設定されました。正常妊婦の約95%はこの範囲に該当するということです。なお、HbA1c、GAともに妊娠の進行に伴い若干変動しますので、より詳しい基準範囲として表2に掲げる値が設定されています。
 また、この研究では、HbA1cやGAに影響を及ぼす因子についての検討も行われ、尿糖陽性の場合には妊娠全期間で HbA1cとGAがともに高値に、尿蛋白陽性の場合には妊娠中期以降にGAが低値になる傾向が認められました。また、非妊娠時にはBMIが高いと、男女ともGAが低くなりやすいことが知られていますが、今回の妊婦を対象とする調査でも、その傾向が確認されました。


GA15.8%以上で新生児合併症が有意に増えるが、HbA1cは相関せず
 このように HbA1cとGAの基準値が設定されたのですが、それではこの範囲を逸脱し血糖値が高かった場合、妊娠に伴う合併症が増えるのか否かが問題となります。それを検証することが二つ目の研究の目的です。
 国内の17施設から193例の糖尿病合併妊婦または妊娠糖尿病の妊婦が登録されました。内訳は、1型糖尿病47例、2型糖尿病89例、妊娠糖尿病57例です。193例の妊婦から193人の新生児が誕生しました。つまり、胎児死亡や新生児死亡はありませんでした。
 このことは、この研究に参加した医療機関は糖尿病と妊娠の分野に力を入れている施設が多かったことを表すものと考えられます。同じ理由から、この調査では、妊娠に伴う合併症の発生頻度が少なく、統計的有意差が表れにくい状況であった可能性も推測されます。

HbA1c値・GA値と妊娠時合併症
 さて、それでは妊娠に伴う合併症の頻度をみてみましょう。
 新生児の合併症として、低血糖が全体の13.8%、高ビリルビン血症が14.8%、電解質異常2.3%、多血症3.6%、呼吸障害7.6%などが報告されました。これらを、前記の研究で示された妊娠中の HbA1cおよびGAの基準値を境界とし、妊娠後期の測定値がそれ以上であった群と未満であった群で分けて比較した結果が図2です。

図2 妊娠時における HbA1cとGAの正常値閾値と新生児合併症の頻度の比較
〔糖尿病と妊娠10(1):27-31,2010〕
                             

 ご覧のとおり、HbA1cを基準値以上と以下で二分しても、いずれの合併症の発生頻度も有意差がみられませんでした。一方、GAでは、高ビリルビン血症と電解質異常を除いて、基準値以上の群では有意に発生頻度が増えていました。また、なんらかの医学的処置が必要な合併症とは異なりますが、妊娠期間に比べて体重が重すぎる新生児(LFD:large for date)の発生頻度についての比較でも、HbA1cでは有意差がなく、GAでのみ有意差がありました。
 なお、母体の合併症や分娩方式(緊急帝王切開の頻度など)については、HbA1c・GAともに有意差はありませんでした。ただし、これは、先に述べたように、本研究では妊娠時合併症の発生頻度自体が少なかったと考えられ、症例数を増やせば統計的な有意差が表れてくる可能性もあります。

§3 「GA15.8%未満」をめざして
        妊娠中の血糖管理を
 以上のように、日本糖尿病・妊娠学会の研究などから、妊娠期間中の血糖管理におけるGAの有用性が示され、既に妊娠中の血糖管理指標としてはGAがスタンダードと言ってよいでしょう。
 幸い日本には世界に冠たる国民皆保険制度があり、だれもが医学の進歩の恩恵を受けられる体制にあります。そして、その保険制度では、糖尿病患者さんの妊娠中には1カ月に2項目の血糖管理指標の算定が認められています。
 つまり、ふだん HbA1cで管理しているため、患者さんが妊娠したからといっていきなりGAに切り換えるのが不安だとしても、ふだんどおり HbA1cを測定したうえで、GAを追加オーダーすることが可能なわけです。
 このような制度を十分に活用して、患者さんの安心・安全な出産に供していただきたいと考えます。
 管理の目標は「GA15.8%未満」です。

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※2012年4月からヘモグロビンA1c(HbA1c)は以前の「JDS値」に0.4を足した「NGSP値」で表わされるようになりました。過去のコンテンツの一部にはこの変更に未対応の部分があります。