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60食事療法から夢の実現へ
1. 食事療法はどう変わったか
 糖尿病の治療はインスリンの発見によって大きく変わった。その発見も遠い昔のように思われるが、まだ100年にもなっていない。インスリン発見以前は、小児が糖尿病と診断されることは現代でいえば進行癌といわれるようなもので、食事療法はちょうど盆栽を育てるようなものであった。なるべく食べる量を少なくして血糖の上昇を抑え、同時に発育に必要な栄養をとらせることであったが、インスリンの併用なしにはそれは不可能なことであった。それで厳重な食事療法、飢餓療法も行われたわけである。
 インスリンの発見以後は食事療法は大幅に緩和されて小児の発育は良好になった。しかし食事制限は厳しいものであった。インスリン療法の効果をみて炭水化物摂取の緩和を提唱したのはウィーンからニューヨークに移住したAdlersbergであり、わが国では山川章太郎教授(東北大)であった。はじめはなかなか受け入れられなかったが、1950年以後は次第にひろまり、特に食品交換表が学会より発行された1965年には、1日に炭水化物を250g以上とることが勧められるようになった。
 さて、日本人の栄養摂取量をみると、表1にみるように1人当り炭水化物は400g以上、穀類は450g以上とっていたのであるが、1970年以後は急速に減少して400g以下となり、1990年以降は300g以下となり、炭水化物の摂取量も300g以下となり、2003年に269gとなった。このような日本人の食事量の変化によって糖尿病の人たちの食事のとり方も変わってきている。
日本人1人1日当たり栄養素摂取量の推移

表1 日本人1人1日当たり栄養素摂取量の推移
年次エネルギー
(kcal)
タンパク質
(g)
動物性タン
パク質(g)
脂肪
(g)
炭水化物
(g)
穀類
(g)
1911〜15
1921〜25
1926
1931〜35
1946
1950
1955
1960
1965
1970
1975
1980
1985
1990
1995
2000
2003
2110
2310
2249
2170
1902
2098
2104
2096
2184
2210
2226
2119
2008
2026
2042
1948
1920
50.0
58.0
64.8
64.0
59.2
68.0
69.7
69.7
71.3
77.6
81.0
78.7
79.0
78.7
81.5
77.7
71.5
 3.0
 6.0
12.7
 7.0
10.6
17.0
22.3
24.7
28.5
34.2
38.9
39.2
40.1
41.4
44.4
41.7
38.3
15.0
17.0
15.2
15.0
14.7
18.0
20.3
24.7
36.0
46.5
55.2
55.6
56.9
56.9
59.9
57.4
54.0
444
481
463
445
383
418
411
399
384
368
335
309
298
287
280
266
269





476.8
479.6
452.6
418.5
374.1
340.0
319.1
308.9
285.2
278.8
270.1
1946年以降は厚生省国民栄養調査による。1950年以前の炭水化物は計算により求めた。
穀類は農林水産官房調査課、食糧有給表による。
 ドイツの食事療法は炭水化物の量を中心に考えられており、その量はBrot Einheit(パン単位)として、パンの炭水化物量にすれば何単位かというものであった。近年は米国でも炭水化物のcarboと先の部分をとって呼び、これで炭水化物の摂取量を決めている。わが国では、交換表を用いるエネルギー中心の食事療法から抜け出せない状況なので、カーボ・カウントを受け入れるには年月がいると思われる。
 米国ではカーボの単位を炭水化物15gとしているが、最近のわが国の速効性インスリン治療に対応するカーボではカーボの単位を10gと計算しやすいようにしている。
 わが国では食品交換表ができてから40年以上にもなるが、患者さん方にはこの食事療法が覚えにくく複雑なようである。もっと簡単で使いやすいものに作り替える工夫と努力をするべきであろう。カーボ・カウント法が出てきたのでわが国でも考えみる必要があるのではなかろうか。
 食品交換法を専門職の人たちは良く理解していても、これを利用される患者さんたちが手軽に利用できないのでは問題である。現在、改訂が進められている日本糖尿病学会編「治療ガイド」をみても、食事療法は従来のものと変わっていない。実情に即したものに替えることを考える時期に来ていると思われる。
2. 家族数と食事
 わが国で世帯構成人数が多かったのは1935年で1世帯当りの平均人数は5.03人で、3世帯同居は25.4%であった。3世帯同居はその後、急速に減少して1971年に17.0%、1986年に15.3%、そして2001年に10.6%となり、2004年に9.7%となった。これと対照的に、単独世帯は1960年には4.7%であったのが、1989年に20.0%となり、2005年に24.6%となっている。
 すなわち時代とともに多世代同居が少なくなって単独世帯が多くなっている。したがって大勢の家族がいっしょに食事をすることは少なくなって、ひとりで食べているのが多くなった。また家族が多くても仕事や学校の時間などでそれぞれ別々の時間に食事をとることも多く、専業主婦が少なくなって主婦もパートで働くことが多くなっている。
 さて、ひとりで食べる人口が多くなると、それに便利なように業界が反応するので、より生活しやすくなっていく。一方糖尿病食をとることになると、出来合いの調理された食品にはその内容や調味料の明示されていないものは避けなければならないことになる。便利な世の中になったが、いつも同じものにならないように注意も必要である。
 また近年は市場の国際化によって生鮮食品も航空機で世界各地から供給されるので、有害物質の混入の有無にも注意が必要になった。
3. 食事療法のチェックポイント
 食事療法で大切なのは大まかなエネルギー量と蛋白質量である。蛋白質を多く含む食品と、それを1日にどれくらい食べればよいかを教えること、次は炭水化物を含む食品とその量である。
 筆者は、朝、昼、夕食の時間と、主に食べるものを聞いている。また主菜、副菜なども聞いて、その人の嗜好や食事のとり方(食行動)も理解するようにしている。特に調理の仕方などから摂取量の多寡も推定できる。2〜4日間の食事の内容と量を書かせるのはもっとも効果的であり、秤量してあるときはその人の食事療法に対する意気込みもうかがえる。
 このような調査をときどき行って血糖コントロールと対比してみれば食事に問題があるかどうかが評価できる。
4. 夢が現実になる
 2007年11月21日ヒト皮膚から人工多能性幹細胞を作るのに、京都大学 山中伸弥教授らとウィスコンシン大チームが成功したと報じられた。
 したがって、インスリンを分泌するβ細胞集塊や膵島を作ることができれば、それを移植し、さらにそれらの細胞が血糖値の変動を感知してインスリン分泌量も加減することができるようになれば、糖尿病は完治できることになる。
 そうなれば食事療法からも、インスリン注射からも、また低血糖の恐怖からも開放されることになる。これはもはや夢ではなくなった。この治療法の完成のために総力を結集すべきである。
バックナンバー
01 40分かかって血糖値がでた
02 診断基準がないのに診断していた
03 輸入が途絶えて魚インスリンが製品化
04 糖尿病の研究をはじめる
05 問題は解けた
06 連理草から糖尿病の錠剤ができた
07 WHOの問合わせで集団検診開始、GTTでインスリン治療予知を研究
08 インスリン治療で眼底出血が起こった
09 日本糖尿病学会が設立
そこでPGTTを発表
10 糖尿病の病態を探る
11 経口血糖降下薬時代の幕開け
12 分院の任期を終えて米国へ
13 米国での研究
14 2年目のアメリカ生活
15 食品交換表はこうしてできた
16 日本糖尿病協会の出発
17 糖尿病小児の苦難の道
18 子どもは産めないと言われた
19 発病する前に異常はないか
20 前糖尿病期に現れる異常
21 栄養素のベストの割合
22 ステロイド糖尿病
23 網膜脂血症
24 腎症と肝性糖尿病
25 糖尿病者への糖質輸液
26 糖尿病と肥満
27 血糖簡易測定器が作られた
28 糖尿病外来がふえる
29 神経障害に驚く
30 低血糖をよく知っておこう
31 血糖の日内変動とM値
32 血糖不安定指数
33 神経障害のビタミン治療
34 糖尿病になる動物を作ろう
35 糖尿病ラットができた:無から有が出た
36 国際会議の開催
37 IAPで糖尿病はなおらないか
38 日本糖尿病学会を弘前で開催
39 糖尿病のnatural history
40 薬で糖尿病を予防できる
41 若い人達の糖尿
42 日本糖尿病協会が20周年を迎える
43 糖尿病の増減
44 自律神経障害 (1)
45 自律神経障害 (2)
46 自律神経障害 (3)
47 自律神経障害 (4) 排尿障害
48 自律神経障害 (5)
49 瞳孔反射と血小板機能
50 合併症の全国調査
51 炭水化物消化阻害薬
52 アルドース還元酵素阻害薬
53 神経障害治療薬の開発
54 人間ドックと糖尿病
55 糖尿病検診と予防
56 中国医学と糖尿病
57 日本糖尿病協会の発展
58 学会賞
59 糖尿病の病期
60 食事療法から夢の実現へ
61 インスリン治療と注射量
62 インスリン治療と低血糖