私の糖尿病50年-糖尿病医療の歩み

59.糖尿病の病期

1. 病気の分類
 diseaseはdesaise由来のアングロフレンチで、easeと反対の意味であり、disorderはラテン語のõrdõ(秩序、順序)でないことで、心身機能の不調、障害を意味する。maladyはフランス語由来でmal(悪い、不完全な)状態であり、illnessのillはwellの反対語で、sickはsuckとの共通語に由来し、古代ゲルマン人は悪魔に吸いこまれて病気になると思っていたことに由来するという。

 古代には、中医学の証のように、ギリシャ医学でも症状を区別して治療することが行われ、疾患として区別する考えはなかった。したがって疾患を分類するという考えもなかったわけである。

 自然界の物を分類し整理したのはアリストテレスであり、自然界の物に命名する方式を考えたのはCarl von Linne(1707-1778)である。リンネの生家には姓がなかったが近く菩提樹があったことからLindeliusと名のり、そしてリンネになった。

 リンネは婚約者の父の援助でオランダのHarderwijk大学で医学を学び、1735年にSystema Naturaeを出版した。45×58cmの2つ折判8枚に動植物を一覧表として列記したもので、版を重ねるごとに内容を増した。このようにして彼の2名法(binomial nomenclature)が拡がった。ストックホルムで開業した後、1741年にUppsala大学の医学と植物学の教授になった。リンネは疾病を11群325種に分類した。

 19世紀になり疾病の国際統計が行われるようになり、現在のように国際疾病分類がDRG/PPSにも利用されるようになった。

2. 病気の病期
 疾病が分類され、その経過が観察されるにつれ、その経過が詳細に記述され、そして病期がいくつかに分けられるようになった。

 疾病が急性伝染性のものであっても慢性伝染性のものであっても、症状や徴候の出現、消失などの経過はほぼ共通していることが明らかにされ、病期が区分されるようになった。

 潜伏期、前駆期(prodromal stage)、発熱期、高熱期、休止期などである。また1期、2期、3期という分類も行われた。

3. 糖尿病の病期は
 1970年代になってから糖尿病は1型と2型とに分けられるようになった。それまでは持発性糖尿病はすべて同じ原因で起こるものと漠然と考えられていた。そしてもっとも糖尿病らしいものは小児の糖尿病と考えられていたのである。おそらく高血糖状態が高度なことからそのように思われたのであろう。

 1950年代よりprediabetesという概念が生まれた。糖尿病は次第に進行するので、逆の方を探ればprediabetic stageとなるわけである。高血糖にもなっていないが、何らかの異常はないだろうかと、各地で研究が行われた。筆者らが本シリーズ No.19 に記したように、両親とも糖尿病であると子供は50歳を超えると100%糖尿病になることから、そのような人たちはまさしくprediabetic stageにあるといえるわけである。筆者らはその時期にもいくつかの異常をみいだすことができた。

 では糖尿病の病期はあったろうか。残念ながら糖尿病がどうにも救いようのない状態はKimmelstielとWilsonが1936年に記載した腎症の末期の状態であった。当時は降圧剤もなく、透析療法もなく、ただ拱手傍観するだけであった。尿蛋白が強陽性で高血圧、そしてしだいに増強する浮腫が起これば、そこからもう治せない状態と思う以外になかった。そこで漠然と末期と思っていたわけである。それから網膜症、腎症、特に腎生検による臨床像との対比が行われるようになって合併症の進行が区分されるようになった。

4. 合併症と続発症
 われわれは網膜症、腎症などを合併症と呼んでいる。しかし医学事典でcomplicationをみると、Dorlandには「ほかの疾患と共存する疾患、同一患者に起こった2つまたはそれ以上の疾患の共存」とあり、Stedmanには「ある疾患そのものに起因するか、それと無関係な原因によるかを問わず、経過中に生じるその疾患の本質的ではない病的課程または事象」とある。

 一方、sequelae(続発症、後遺症)をみるとDorlandには「ある疾患に続いてあるいはその原因として生じる病巣ないし影響」とあり、Stedmanには「病気の結果として続いている病的状態」とある。これからすれば現在われわれが糖尿病性合併症と呼んでいるものは糖尿病続発症と呼んだ方が妥当なのである。

5. 糖尿病(高血糖)合併症の3つの特徴
 日本臨床内科医会では2000年の事業として、会員の診療している糖尿病患者の神経障害の有無を、アキレス腱反射、音叉による足内踝または外踝の振動覚、音叉の金属棒の冷たい部分を足背にあてて冷覚、爪楊枝で足の第一趾腹を突いて痛覚を調べる(すべて両側)、足部の潰瘍と切断の有無の観察と他の合併症に関する調査を行った。回収された1万2,860枚の調査表から記載不備のもの39枚を除外し、1万2,821例を解析対象とした。
6. 合併症と病期の区分
表2  高血糖の続発症・併発症
高血糖による続発症
末梢神経障害(異常感覚、感覚鈍麻、筋力低下)
腎症(蛋白尿、慢性腎不全、尿毒症)
網膜症(眼底出血、緑内障、失明)
糖尿病足
糖尿病昏睡(ケトアシドーシス、高浸透圧昏睡)
高血糖と併発しやすいもの(併発症)
大血管障害(動脈硬化症、心筋梗塞、脳梗塞、ASO等)
高脂血症(脂質異常症)
脂肪肝
胆石
白内障
感染症(肺炎、腎孟炎など)
皮膚疾患(真菌症、化膿症、水疱症、掻痒症など)
骨減少症
関節症(関節変形、骨破壊)
 これらのエビデンスをもとに糖尿病に関連する合併症を表2のように(1)高血糖による続発症(網膜症、腎症、末梢神経障害、糖尿病昏睡)と(2)高血糖と併発しやすいものとに分けるのが妥当と思われる。大血管障害は当然のことながら後者に分類される。

 病気の病期には古くから多くの提案がある。1期、2期、3期という分け方、早期、晩期、末期という分け方などである。筆者は糖尿病の病期を表1のように前期、初期、早期、中期、晩期、末期に区分することを試みた。

 前期は血糖が正常な時期(englycemic stage)ともいえるが、もっと日常的に糖尿病と診断される値までに達しない血糖値の時期(prediagnostic stage)とした方が混乱しない。1980年以前は、WHO専門委員会では1965年に勧告したままで食後2時間静脈血130mg/dL以上を糖尿病としていた。1979年に米国NDDGの75gGTT診断基準が設定されてからは静脈血漿空腹時120mg/dL以上、2時間値200 mg/dL以上を糖尿病、空腹時120mg/dL以下で2時間値140〜199mg/dLのものはIGTと呼称されIGTが明確に区分されるようになった。したがって、表1ではIGTは前期に区分される。

 現在ではprediabetesという概念をもちこむと混乱が予想されるのでprediagnostic stageとした。そしてGTTが糖尿病基準を満した時点から初期(initial stage、onset stage)とした。しかしこの時点を指摘されないで次の早期(early stage)ではじめて診断される症例は現在でも少なくない。中には神経障害、網膜症などの症状が契機になって糖尿病を指摘される例もある。

 次が中期(intermediate stage)で、最も糖尿病らしい時期である。しかしこの時期でも膵島の機能が比較的保たれているときは続発症は軽く、インスリン分泌が障害されて高血糖がコントロールしにくい症例では続発症が進行しやすい。表1に示した発病後の年数は筆者の経験的なおよその年数であり、また治療状態の良い症例では、最後まで中期にとどまり晩期に進行しない症例も多い。すべてが末期まで進行するわけではない。

 中期からさらに進行すると晩期(late stage、advanced stage)となる。活動的でなくなり、外見でも何か病気をもっているようにみえる。検査すると多くの異常がみられる。筆者らの研究でも1つの器官が障害されておれば他の臓器もそれぞれに障害されているのが実証された。これが治療が不充分であったり病勢が強い場合は、晩期から末期(terminal stage)に進行する。

 表1には続発症の腎症、神経障害、網膜症について病期による程度を示した。腎症は近年は蛋白尿とともに微量アルブミン尿の検査が行われている。しかし久保田、山内らの生検を行って腎糸球体の組織像と対比した成績では、結節性病変があっても尿蛋白陰性例、尿蛋白陽性でも組織像正常例がある。したがって、正確に診断するにはクレアチニン・クリアランスなどで糸球体機能を検査することが必要である。無害の蛋白尿があるために無意味な食事制限を一生させられた、などということがないように注意が必要である。この点から筆者は表1の中期からクレアチニン・クリアランスと血清クレアチニン値から「軽度」と「進行」とに分け、クリアランス35〜15mL/分のもの、血清クレアチニン3mg/dL以上を晩期とし、クリアランス15mL/分以下、血清クレアチニン5mg/dL以上は末期に区分した。

(2007年11月30日更新)

※ヘモグロビンA1c(HbA1c)等の表記は記事の公開時期の値を表示しています。

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