高血糖の記憶;糖化最終産物 AGE と合併症
宇都宮中央病院松田 文子

とうゆうニュース第80号(平成15年1月1日発行)より

 高血糖が続くと、身体はそれを記憶し記録しています。ヘモグロビンA1cは1ヵ月から2ヵ月前の平均血糖の記録です。食事療法、運動療法に励むと2〜3ヵ月後には数値はグッと良くなり、主治医の顔もほころびます。合併症の危険から遠ざかったと一安心です。ところが、身体の内部ではもっと長い過去の血糖状態が記録されていることがわかりました。しかもその記録は単なる数字ではなく、体の機能に重要なタンパク質に刻み込まれて、そのタンパク質の性質を変え、高血糖時代を忘れたころに合併症を起こしてくるのです。

 薬品で膵臓を壊して糖尿病にしたイヌを2.5年間高血糖状態に置いておきます。その間に眼底を調べても何の変化も見つかりません。それからインスリン注射で血糖が正常範囲になるように治療を続けます。2.5年後、眼底に重症の網膜症が出現しました。

 DCCT 研究では、HbA1c6%を目標として10年間懸命に治療し続けた強化治療グループ(平均HbA1c7%)の方が、目標を立てずに漫然とインスリン治療を続けた通常治療グルーブ(平均HbA1c9%)より、網膜症の悪化は断然少なかったのです。そこで DCCT 試験終了後、通常治療群にも強化療法が実施されました。4年経った時点で、網膜症の状態を比べたところ大きな差がありました。後で強化治療を始めたグループは、HbA1cは改善していたにもかかわらず、網膜症の悪化が進んでいたのです。4年以上前の高血糖状態が身体に残っていて合併症が進行したという解釈です。身体に刻印された高血糖の記憶は簡単に消し去ることができないのです。

 糖尿病の合併症の原因として、高血糖の結果おこる体のタンパク質とブドウ糖の化学的結合:糖化反応がクローズアップされています。HbA1cも赤血球のヘモグロビンというタンパクと血糖との糖化反応の産物ですが、赤血球の寿命は120日と短いので4ヵ月以前の高血糖の影響は消されてしまいます。しかし代謝回転の遅いタンパク質は糖化反応を受けた後、さらに後期糖化反応で AGE (糖化最終産物)をつくります。AGE は腎臓などに沈着し、活性酸素をつくり、合併症の原因となるのです。血中 AGE を測定すると、過去4年間の血糖値と関連しているという論文もあります。

 AGE の研究はまだ始まったばかりですが、糖尿病の怖さは、高血糖の影響が少なくとも4〜5年、あるいはそれ以上長く後を引くということです。HbA1cという指標がなかった時代には、血糖検査前の2〜3日間節制して血糖値を良くすることでその場を凌ぐということが行われていました。医療側もその日に調べた血糖値でしか治療の良否を判断することができませんでした。AGE の解明が進めば、もっと長期の管理が合併症の防止にいかに大切かが明らかになってくるでしょう。

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