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特別インタビュー
糖尿病臨床現場で行う“ロカボ”のすすめ

北里大学北里研究所病院 糖尿病センター長
山田 悟 先生

2.糖質制限に着目した理由

(2017年02月 公開)

そもそも先生が糖質にこれだけ着目するようになったのは、何がきっかけだったのでしょうか。

Dr. 山田:2008年に報告されたDIRECT試験(Dietary Intervention Randomized Controlled Trial)(文献3)です。3つの減量食(低脂肪食,地中海食,低炭水化物食)の有効性および安全性を、肥満患者に対して比較的長期間体重変化を観察した無作為化比較試験。その前に、The A TO Z Weight Loss Study(文献4)JAMAで見たとき、僕自身が徹底的な脂質制限派の人間だったので、「本当か?」と信じられませんでした。でもJAMAだから嘘はないだろうと。そして、DIRECT試験を見たときに「ああ、やっぱりそうなんだ、糖質制限は効果があるんだ」と。でも、日本人は主食が大好きだし、僕自身、“主食なし”なんて考えられなかったので、「まああっちの世界(欧米)だから、こういうことができるんだろうな」という他人事の感覚でした。

そこからどうやって、糖質制限をご自身で手がけることになったのですか?

Dr. 山田:ちょうど同時期、2008年に『ミシュランガイド東京』(日本ミシュランタイヤ刊)が日本で発売されました。そこには美食を出すお店が150店舗掲載されており、世界中のVIPがこぞってやってくるのだと、マスコミでも連日取り上げられていました。でも僕は思ったのです。そのVIPの中に糖尿病の方がたくさんおられるんじゃないだろうか。VIPならちょっとお金は張っても、その人向け(糖尿病の人向け)のメニューも提供されているんじゃないかと。

 そこで掲載された150店舗すべてに、「お宅様では糖尿病治療食はありませんか? 隠れメニューで提供していませんか?」というアンケートを出しました。2008年の2〜3月のことです。そうしたら、150店舗中50店舗から回答があり、その中の10店舗が「うちには糖尿病食があります」とのご返事でした。それを見てホント、すごく興奮して、喜んでしまって(笑)さっそく全部のお店に食べに行きました。

すごいですね、先生の行動力(笑)

Dr. 山田:でも10店舗中、「ああこれは糖尿病食だ」と感じさせるような食事は、実は1店舗もありませんでした。それでもお客様のために、意識して作っているんだというのが嬉しかったです。そしてアンケートから半年経った2008年の秋、“先日のアンケート結果はこうでした、2009年春の日本糖尿病学会学術集会で今回の調査結果を発表します”と、お店へお手紙を出しました。

 すると、イタリアンレストラン『ASO』の阿曽達治シェフからお電話を頂戴したのです。「僕が関わっているお店『ボタニカ』で糖質制限食のコースを始めたんだけど、先生は糖質制限食を糖尿病治療食としてお認めになりますか?」と。でもその時は「すごい食事法だとは思いますが、日本人には無理です」と答えました。いま考えると、なんて生意気なことを言ったんだろうと思います。そしたら阿曽シェフが、では食べに来てくださいと仰ってくださり、2009年1月に食べに行ったんですが、もう感動でした。こんなにすばらしい食事が糖質制限だなんて!治療食だなんて!

 その頃、(今もいますが)糖質制限食は危険だ!と仰る方はたくさんおられたので、まずは自分自身で徹底的に勉強しました。そして、これはいける!少なくともカロリー制限ができていない人に、何の治療食もさせないよりはるかにこっちのほうがいいと確信して、そこからすべてが始まりました。

:「ボタニカ」は2017年1月で閉店しましたが、ひらまつグループの下記レストランでは、予約時にご相談いただければ低糖質コースをご用意することが可能です。六本木「リストランテASO」、銀座「アルジェントASO」、「代官山ASO チェレステ 日本橋店」、「代官山ASO テェレステ 二子玉川店」(株式会社ひらまつ

当初、ミシュランに掲載されていたお店にアンケートしたのは「糖尿病食をやっていますか?」という質問で、「糖質制限をやっていますか?」ではなかったんですよね?

Dr. 山田:そうです、「糖尿病の人向けのメニューを持っていますか」というものでした。正確に言うと、阿曽達治シェフのレストランでもアンケートを実施した2〜3月は実際やっていなかった。アンケート結果を返答した秋にちょうど『ボタニカ』さんで糖質制限食を始めたばかりのところだったんです。

 実はここのシェフたちは、太って糖尿病になりかけていました。その事実に対して、もしかして自分達の料理でお客様を不健康にしているという意味じゃないだろうか。それなら、自分達が健康になれる、なおかつ自分達の味覚も満足できる食べ方を考えるべきではないかという考えに至ったと言うのです。そんな彼らなくして今の状況はありません。このように僕は、最初から糖質制限食を広めようとして行動したわけではありませんでした。

 それから毎年、ミシュラン掲載店舗へアンケートを送り続けました。すると3年目くらいから、本当はやりたいんけどやり方がわからないから教えてくださいというお手紙をいただくようになりました。

 こんなお手紙をいただいたこともありました。

「当店には、長く通ってくださる、こんなにすばらしいお客様がいます。しかし糖尿病になってしまい、先日、『僕がこの店に来れるのは今日これで最後なんだ』と言われました。こんなに寂しいと感じたことはありませんでした。このお客さまのために、何とかできないでしょうか」と。

 そして、僕自身がお店へアドバイスをしに行きました。これだったら、ここを変えたら糖質制限になりますよと。病院で指導しているのと同じようなことをお話ししました。その後は、低糖質のパンを自分のところで開発されたお店もありますし、低糖質のパンを作っているパン屋さんを紹介することもありました。それだけでも全然違いますからね。

 また、パスタやデザートを100回以上試作したお店もありました。お店に出せるようになった時のパスタやデザートは、本当に美味しい、ふつうのお料理です。でも、僕自身が血糖測定してみたけれど、確かに上がりません。お腹いっぱい食べても、食後の血糖値が110mg/dLもいかないんです。そういった各店舗の努力の積み重ねから、あの『外でいただく“糖質制限食" 奇跡の美食レストラン』(幻冬舎刊)が刊行されたのです。

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