DMオピニオン

インスリンとの歩き方
著/遠藤 伸司

2018年03月05日

第22回 朝の血糖値と覚えてない低血糖

第22回 朝の血糖値と覚えてない低血糖

 これ以上、面白い仕事はあるのだろうか...。

 徐々に車が売れてきた僕は、営業という仕事が楽しくてしようがなかった。車が一台売れれば給与は上がるし、その上、お客さんからも喜ばれる。 それだけじゃない。僕の上司も喜ぶし、会社の人たちからも、いままでとは違った目で見られた。

 車が売れるという状況を体験した僕は、車の試乗中にも、様々な出来事に遭遇した。試乗中に試乗車を盗まれそうになったこともあるし、味噌煮込みうどんが食べたい、ということで東名高速の用賀インターから名古屋まで試乗されそうにもなったし(もちろん僕も同乗中だったけれど)、また電柱にぶつけられて試乗車を破壊されたこともある。

 一生懸命、車を売ろうとしていたからだろうか、僕は色々なお客さんにも巡り合った。なぜか免許がないのに、車を買ってくれるお客さん(車の走行距離は僕が運転した分の距離だけで、新しい車へ買い替え)や、僕は外車の営業マンなのに、なんと国産車まで僕から買おうとするお客さん。車種は僕に任せて、お金だけ用意するお客さん、3カ月ごとに買い替えをするお客さん、有名人や芸能人の方々など、本当にたくさんのお客さんに車を買っていただいた。

 口八丁手八丁と言われる業界ではあったけれど、やはり僕自身を信用していただけなければ、車は絶対に買ってもらえないというのが僕の信念であり、車を買ってもらったお客さんには

 なにかあったら、こちらに電話をください

と言って、携帯電話以外に、自宅の電話番号も教えていた。ただ、自宅に電話があったのは、200人いたお客さんの中で、たった1人だけだったけれども(笑)。

朝食前後の血糖値

 そのため、仕事はとても忙しくなって、血糖測定に割く時間さえ惜しかった。だから、仕事の始まる朝食前の血糖値はできるだけ測った。車通勤だったため、途中でコンビニに寄って血糖測定をする。朝食前の血糖値はだいたい200mg/dL以上だった。高いけど、しようがない。朝食前の血糖値がいつも高いので、コンビニではカロリー控えめなレタスがシャキシャキのハムレタスサンドを買う。

 会社には6時半ごろには到着。そして8時に朝食後の血糖値を測ると、だいたい300mg/dLぐらいだった。高いっ。

起床後2時間の血糖値

 朝食後2時間の血糖値が、いつも高いのを見るたびに、僕は感じるところがあった。 

 起きてからの血糖値は勝手に高くなるため、起床後2時間の血糖値は、インスリンを打ってさえ下がらない。

 というのが、僕の常態となっていた。そう、朝食を取らなくてさえ、勝手に血糖値は上昇しているのだ。深夜に勝手に血糖値が上がる暁現象に似ていた。なぜだろう。たぶん、朝起きて、僕の体に蓄えられたブドウ糖みたいなものが体から放出され、仕事への臨戦態勢を取ろうとしているのだ、と解釈し、高い血糖値に不安になる自分自身を落ち着かせようとしていた。

 ただ、月1回の診察に行くたびに合併症の不安には襲われた。診察室でドクターの顔を見るたびに、血糖値よりも、HbA1cよりも、腎臓の状態を聞きたかった。だって普段の血糖値はいつも高いし、HbA1cだって、ここ数年、8%(JDS値)、今でいう8.4%(NGSP値)を切ったことはなかった。その上、1型糖尿病になって十数年も経ったし、最低限のことしかやらない不良患者だったからだ。

 けれど、三大合併症は進行していないようだった。僕は、結果を聞くたびにいつもホッと胸をなでおろす。そんな僕を見て、ドクターは腎臓の状態をもっと詳しく調べるため、尿を24時間溜めるプラスチックの目盛りが書いてある大きなバックを渡してくれたが、休日も働いていたので24時間蓄尿できる時間が僕にはなかった。

深夜の血糖値

 仕事で疲れきっている状態の僕が、夜に寝床に入って、朝目が覚めると、ときどき嫌なものを目にする。僕の部屋は2階にあるけれど、朝起きて1階にある台所へ下りると机の上に、小さな子どもが食べ散らかしたように、チョコレートの銀紙やら、引きちぎられたポテトチップの袋が散乱しているのだ。まるで泥棒が家探しをしたようだった。

 やっちまった...。

と僕は心の中でつぶやく。バラバラになったお菓子の袋を片付けながら、記憶がほとんどない深夜の出来事に、罪悪感を覚えた。おそらく深夜に低血糖を起こして、夢遊病者のようにお菓子をむさぼり喰っていたのだ。

 仕事が忙しいために、食事や寝る時間は不規則だったので、深夜によく低血糖は起こった。そして、深夜に低血糖を起こすと、ただでさえ疲れている体は、よりいっそう疲れた。

 負けてたまるか…。

 仕事も胸突き八丁のところまできていたので、あとは気合いで頑張るだけだった…。

play_circle_filled 記事の二次利用について

このページの
TOPへ ▲