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遠藤 伸司

第27回 心のそこにあるモチベーション

2018年12月

第27回 心のそこにあるモチベーション

 入社6年目の9月、僕は夢にまで見た優秀社員のバッチを、ついに手に入れることができた。2002と書かれた金のバッチと社員証をスーツのフラワーホールに通すと、バッチは輝き、誰からも注目されているという自負心を満たしてくれた。

 しかし、ゆっくりと勝利を噛みしめている時間はなかった。僕には更なる試練が待ち構えていた。もっと難しい、もう一つの目標があった。それは僕が販売しているドイツの自動車メーカーの賞であり、その年の1月から12月までの販売台数を競うものだった。

 僕は、心の底では、ずっーと、こういった賞にこだわっていた気がする。

 もちろん自動車の営業をしていれば、誰もが憧れる優秀社員賞であり、世界的に有名な自動車メーカーの賞ではある。メーカーの賞を取れば、FIFAワールドカップに匹敵するほどの素晴らしいトロフィーが授与され、車を生産しているドイツへの招待旅行もある。インセンティブと呼ばれる報奨金もかなりの額にのぼる。しかし、そのようなお金や報奨旅行が目当てで賞が欲しいのか・・・。

 僕は、ひとり、自問自答する。
 お金がもらえるのは有難い。
 ドイツに行って自分が売っている車の生産工場も見てみたい。
 けれど、それは、ほんの少しモチベーションを上げてくれるだけだ。
 僕はそんなことのために、賞を取りたいわけではないのだ。

 まるで運動会で、なぜ一着を取りたいかを、分析するかのように、僕は煩悶を続ける。

 では一体、何のために、この試練に耐えるのだ?
 決して、トロフィーや旅行やお金のためなんかじゃない。
 この賞をくれるというなら、只働きでもいいくらいだった。

なぜ、こうまでして働くのか。

 僕にとってこの賞を取る意味は、1型糖尿病であっても、できることが沢山あるということを、自分に、そして多くの人に証明したいからなのだと思う。
 僕の取り扱っている車は世界的にも名の知れたメーカーで、そこで1位になれば、それはきっと、世界に向けての自分をPRできるチャンスになるだろう。
 しかしそれ以上に、今後の人生において、生きる自信と誇りになるはずだ。

 それが、僕の心の叫びだった。

 当時、僕は30歳になる一歩手前で、1型糖尿病の病歴はおよそ15年が経過していた。
 友人たちが徐々に家庭を持ち始める時期に、僕は、磁石の同極反発が起こるように、また新しい彼女から別れを宣告された。僕から別れを切り出したことは、まずないのに、20代も終わりにさしかかって、彼女にふられるなんて、あんまりだった。僕は結婚とは縁がないのか、それとも、結婚不適格者なのか・・・。周りにホンネは悟られたくなかったが、かなり落ち込んだ。
 それでも僕は、この試練には耐えなければならなかった。残り2ヵ月、僕は弱い自分を無理やり振り払って、前進することだけに集中した。

 販売台数は、10月末の時点で、僕は僅差でトップだった。ところが、2位の人がスゴイ勢いで猛追してきた。今にも抜かれそうだった。常に不安感が僕を襲ってきて、低血糖でもないのに挙動不審になった。そして、低血糖症状が出たときのセリフを繰り返した。
「どうしよう、・・・。もうだめだ。」

 低血糖ならば、コーラやブドウ糖で、すぐに回復する。しかし、今回の仕事の不安はコーラやブドウを飲んだところで、解決するものではなかった。不安から逃れるためには、とにかく仕事をするしかなかった。
 それでも、僕の営業成績は少ししか伸びず、死に物狂いで追っかけてくる2位のセールスとほぼ互角の販売台数となって、ついに最後の12月に突入した。

 どの業界でもそうだと思うが、売り上げは1ヵ月ごとに集計される。しかし自動車の場合、ナンバーが付かないと、その月の売り上げにカウントされないので、せいぜい27日がデッドラインだった。しかも年末は陸運局も「御用納め」になるので、25日のクリスマスまでには顧客から注文をもらい、車庫証明を出さなければ間に合わなかった。

 2位の営業マンと販売台数で並ばれた僕は、毎日、薄氷を踏む思いで12月を過ごした。そして、年間販売台数は12月22日を過ぎても、23日になっても、まったく同じ台数だった。このままいけば、1位タイとなってしまう。いや、いつの間にか、2位になっているかもしれない。
 僕と並んでいるセールスマンの販売台数は、会社のパソコンで遂次チェックできた。彼もまた、最後の1台は売れていないようだった。

クリスマスの攻防

 12月24日の朝、1位が二人。そして、お客さんに車を買って貰えるタイムリミットとなった。ここまできて・・・残念無念の1位タイ。一生懸命がんばったけれど、1位タイ。
 自分の人生の縮図を見ているようだった。何かを一生懸命やっても最後には誰かに追いつかれて、そして抜かれていく、これがおまえの人生か。

 正直このままでは、イヤだった。1型の僕でも、健康な人に負けず、何かが出来ることを証明したかった。そのためには、1位タイではダメだった。1位タイでは、自分が許せなかった。

 その夜、全知全能の神(第23回 シックデイの苦しみ)が夢に出てきた。そして僕にこう言った。
 「もしワシに400万円をくれるならば、おぬしをトップセールスマンにしてやろう」
 高田馬場のガード下で、神様の前に膝まづいて僕は言った。
 「400万円をあげるから、どうぞ僕を1位にしてください。」
 神はおごそかに言った。
 「よかろう。その400万円でおぬしが車を買え、社員割引を使わず、お客さんと同じ金額で。そうすれば、その1台は、お前の成績になるのだから..」

 神のお告げ?によるウルトラCで、僕は次の日に自分で車を買った。社員値引きを使わず、なんと月々7万円の60回払いローンで、真っ黄色の新車を買った。

 この1台により僕は年間販売台数1位とドイツの自動車メーカーからの賞を受賞することができた。とうとう僕の凝縮した1年間の想いが壊れるくらいに詰まったガラス製の表彰楯を手に入れた。
 そこには1st Prize、Shinji Endoと書かれていた。
 1型糖尿病だったからこそ、必死になって、いや死にものぐるいになって、もぎ取った賞と言えるかもしれなかった。涙が出そうだった。

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テーマ 低血糖、シックデイ

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