不規則な仕事に勤務

「低血糖は許されない外科医という職業上、CSIIは必須でした。」

H・Mさん(52歳・男性)
 劇症1型糖尿病・糖尿病歴:1年、ポンプ療法歴:1年

 あれはちょうど1年前・・。アメリカ合衆国オバマ新大統領が「Change」を合い言葉に就任演説をされた夜、私の体もまさに“Change”が起きていました。これまで経験のない、口渇と頻尿、多尿、全身倦怠感、体重減少。医師である私は、典型的な高血糖症状に、まさか自分が・・と、とまどいを隠せませんでした。2カ月前の人間ドック時には血糖値、耐糖能に異常はなかったはずだが、なぜ?翌朝、病院に出勤し、早々に血糖を測定してもらうと、いわゆるHI(測定限界)。やはり。

 いやな予感に包まれました。まもなく血糖値が755mg/dLと判明し、即入院となりました。主治医の判断では急激に発症し、HbA1cが5.8%と高くなく、もしかしたら1型かも・・と。「えっ、1型? まさか!」家族歴もないし、わずか2カ月前の人間ドックでもまったく異常がなかったのに。よくわからないまま個室ベッドに横たわり、数カ月前からの過労・過食・多飲傾向や、数日前から風邪気味だったこと、また、今回口唇ヘルペスが出ていたことなどを思い返していました。それから3日後には転院し、早々にインスリンポンプ導入および自己管理の練習が始まりました。1週間後には退院し、翌週から仕事復帰。

 ここからが、新たな1型糖尿病自己管理との闘いです。今回の、まさに 『 青天の霹靂 』 ともいえる肉体的、精神的負荷の中で、医師として、しかも外科医として、今後どう仕事していくべきか、またできるのか。自分自身がいわゆるリスクファクター(低血糖発作など)とならないよう、医療人として仕事をしていかなければ、今の生活は続けられない。心の葛藤、低血糖への恐怖、将来の合併症への不安などなど、さまざまなネガティブな思いのなか、主治医の先生、家族や同僚に支えられ、社会生活が再開することができました。

 従来、スポーツ好きの私は、まず遊びの中から少しでも不安を解消し、仕事上のリスクを減らしたいと考えました。主治医とも相談(主に報告?)しながら、ときに週末のゴルフやテニスのなかで、あえて軽い低血糖症状を経験し、運動の負荷(強弱、長さ)と血糖値の推移、補食と回復の関係、アルコールの影響など、なるべく記録しながら血糖値を測定してみました。手術も助手として短時間手術から少しずつ時間を長くしながら、1日1日、同僚等には迷惑をかけながらも緊張の日々を送りました。幸い、とくにトラブルもなく、2カ月が終わりました。

 3カ月目に入り、転勤が新たな試練となりました。とにかく、自分自身が組織にとって、仕事上のリスクとなることを最小限にしなければならないとの思いから、最初に上司には病状を報告説明し、見守られながらの新しい仕事形態が始まりました。仕事中、絶対に低血糖発作を起こしてはならない(幸い、発症後1年、生活上問題となる低血糖発作は1度もない)、何とか1年間それを続けたい、というささやかな、しかし、最大の目標だったと言えるでしょう。幸い、ようやくその1年が無事に経ちました。

 現在、HbA1cは6.1〜6.3%まで低下しています。油断すれば、すぐに憎悪してしまいそうですが、インスリンポンプという味方を得て、平常と変わらない生活、仕事が送れていることに大変感謝しています。発症直後のことを思えば、ずいぶん身体的、精神的に回復してきたようです。今後も、一生付き合っていかなければなりませんが、インスリンポンプを考えられている全国の同病の皆様の参考になればとの思いで、これまでの経験を披露させていただきました。

 インスリンポンプの最大のメリットは、生活スタイルに合わせたきめ細やかなインスリン量の調整ができることです。このメリットは、きめ細やかに調整したいという性格でないと意味を持ちません。反対に欠点は、インスリン注射に比べると操作は煩雑で、注入がうまくいかないトラブルもあり、自己管理能力が必要となります。その点、H・Mさんはインスリンポンプのメリットを生かせ、デメリットが気にならない患者さんで、さらに劇症型であったため、発症すぐにポンプの導入をお勧めしました。CGMとポンプの組み合わせができることを心待ちにしている患者さんの一人です。

(愛媛県立中央病院糖尿病内科/現・県立今治病院内科 清水一紀)

2010年05月更新
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