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ラファ・ダイアベーテス・センター(ケニア)

2011年12月

  主人の仕事の関係で2011年よりケニアで生活を送っています。私のケニアでの主治医として定期検診をお願いしているアティエノ・ジャランゴ先生が、2011年6月にナイロビ市内にて、ご自身の糖尿病クリニック「Rapha Diabetes Centre(ラファ・ダイアベーテス・センター)」を開院されました。

  クリニック名の「ラファ(Rapha)」とは、ヘブライ語で「安らぎ」という意味だそうです。 

 

主人のケニア転勤が決まったときに、現地で糖尿病の治療を受け続けることが可能か否かわからなかったため、日本に残るべきか、主人に同行すべきか迷いました。 

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以前からIDF(国際糖尿病連合)や、EASD(欧州糖尿病学会)といった国際的な糖尿病の会合に参加し、面識のあったタンザニア人の糖尿病専門医であるコーシック先生に相談したところ、アティエノ・ジャランゴ先生(写真右)を紹介してもらいました。 

実際にアティエノ先生にお会いして、ケニアの糖尿病治療事情についてお話を伺い、インスリンの入手に問題がないこと、HbA1cやアルブミンといった検査も可能ということで、あとは自分自身でコントロールさえ可能ならと思い、ケニアでの生活を決意した次第です。        

  

2011年3月までアティエノ先生は、首都ナイロビ市内の「ケニヤッタナショナルホスピタル」で勤務されていました。 

※詳しくは、森田会長連載「わが友、糖尿病」ケニア(2)ケニヤッタナショナルホスピタル」をご覧ください。http://153.122.1.181/sally/2011/06/post_19.html

 

現在は、IDF(国際糖尿病連合)で勤務し、アフリカ地区(いわゆるサハラ以南)の調査・研究等を兼業しながら、開院をすることになりました。

そのクリニック開院の落成式に、私も招待されました。

  

 

  落成式 

  当初、クリニックのオープンは5月でしたが、診療に必要な備品が届かないなどの理由により、予定より1か月遅れて開院しました。私も、開院予定日にこのクリニックで定期検診を受けるはずでしたが、上記の理由により、一時的にアティエノ先生が幹部を務めるケニア糖尿病協会(DKA)で診察を受けたこともありました。

 

  失礼ながら、あまり広くはないクリニック内には、多くの人々が招待され、集まっていました。キリスト教の牧師さんも招かれ落成式が行われましたが、 式の最中に突然雷雨が発生し、その影響で停電となってしまいました(ケニアでは頻繁にあることです)。

  せっかく、開院パーティーの演奏用にキーボードを用意しましたが、停電で演奏ができず、無演奏で賛美歌(ゴスペル)を歌いながら、招待客とともに歌ったり踊りました。

 

 

ati3.jpg      (左)上着を脱いで熱唱するアティノ先生   (右)折角持込んだキーボードも・・・

  ati4.jpg      (左)お料理を楽しむ招待客    (右) 手作りケーキを招待客へ振舞うアティノ先生

ati5.jpg                (左)ケニア糖尿病協会(DKA)の受付係 シシリーさん(上真ん中)もご家族で参加

               (右)聖書を朗読する看護師のベティさん

  

 

 

  落成式の出席者は、私を除き全員ケニア人で、私は唯一人の外国人であり、非キリスト教徒でもありました。 

  ケニアは多民族国家であるため、多言語が使われ、宗教も多様です。

誰が政治的な指導者となるかで、その出身部族の人たちの利害が大きく左  右されるため、時に暴力事件に発展してしまうこともあります。

  アティエノ先生はキリスト教徒であるため、落成式は、キリスト教式で行われましたが、先生の仕事仲間や友人は宗教上の都合で、この落成式には出席されませんでした。

  診療に関しては、宗教等に関係なく誰でも受け入れてくれます。

 

 

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              (左)ラファダイアベーティエスセンターが入居するケニヤッタマーケット内にある

                     カークウッドハウス

              (右)ラファダイアベーティスセンターの看板 

 

rapha3.jpg         ラファダイアベーティスセンター内の処置室と言っても血糖測定器・血圧計(いずれも家庭用)・   身長計・体重計しかありません。

 

 クリニックの周辺

   クリニックの周辺地域について、少しご紹介したいと思います。クリニックの場所は、「ケニヤッタ・マーケット」内にあるビルの中にあります。ケニヤッタ・マーケット」とは、主に地元の方々が利用する市場で、価格も安く生活感たっぷりの場所です。

 外国人や、地元の富裕層(インド系やアラブ系など)のみが利用するショッピングセンターとは雰囲気が異なります。

 

 

    (左) クリニックがあるケニヤッタマーケットの商店街入口

    (右) 商店街の青果部門が軒を連ねています

 

 

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    (左)ケニヤッタマーケット内のお店は雨が降ると大変!屋根は雨漏り、

           床はぬかるんで滑るので、雨季は本当に大変です

    (右)ケニヤッタマーケット内の飲食店街にあるニャマ・チョマ(焼肉)店 新鮮なお肉(山羊・牛・

          地鶏)を炭火で焼くので、とても美味しいです!

 

  ナイロビ市内には、非常に治安が悪いために立ち入ってはいけないとされている場所がいくつかあります。当初は、「ケニアッタ・マーケット」周辺の状況が分からなかったために、ナイロビ市内にある日本人会の先輩方に尋ねてみたものの、皆知らないとの返答でした。我が家で雇用している運転手にも尋ねたところ、治安については全く不安はないとのことでした。

 初めの頃は、先生のクリニックへ行くのにも恐る恐るでしたが、最近では通院のついでに「ケニヤッタ・マーケット」内で買い物をしたり、探検をしたりしています。今のところ、トラブルに巻き込まれたことはありません。 

 

   「ケニヤッタ・マーケット」の近くには、ナイロビ市内最大のスラムと言われる「キベラスラム」があります。この「キベラスラム」では、毎年、雑誌「ソトコト」が主催する「10kmレース」が開催されており、シドニーオリンピック金メダリストの高橋尚子選手をはじめ、日本からも市民ランナーが数名参加し、地元のランナー(ソウル五輪銀メダリストで日本の実業団でも活躍したワキウリ氏や市民ランナーなど)と共に走ります。このイベントでは、日本で不要になった子供靴をキベラスラムの子供たちに送るキャンペーンを行っています。 

    

  余談ですが、ケニアの方々と会話をしている中で、「日本で働くことができれば、沢山お金が稼げるのよね」と尋ねられることがあります。

それに対して私は「日本で働くためには、日本語を話せないと難しいよ。」と答えると、皆びっくりします。

 なぜなら、ケニアでは英語は就職のための必須条件であるため、英語ができれば世界中どこでも就職ができると思っているのかもしれません。

 現に、ケニアで暮らす日本人の多くは英語を話すため、日本でも英語が通じると思いこんでいる人が多いのだと思います。

 

  ケニアの人たちにとって、我々にとって当たり前の「英語が話せなくても就職ができる」、あるいは「日本語一種類の言語だけを話す」ということが、信じられないことのようです。

  なぜならケニアでは、殆どの人が「出身部族語・スワヒリ語(ケニアの国語)・英語(公用語)」の最低3つの言語を話すことができます。スワヒリ語と英語は共通語として、ケニアでは大変重要な位置を占めています。

 

  英語公用語化論争に対し、「日本では日本語が英語に乗っ取られるような危機感」がありますが、ケニアの状況を見る限りでは、そうは思えないのですが、そのように考えているのは私だけなのでしょうか・・・。


©2011 森田繰織
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