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糖尿病の合併症、いつ、どこに、どう出る、どう防ぐ
『生活エンジョイ物語』より
(財)保健同人事業体付属診療所所長 鈴木吉彦

はじめに

 糖尿病の合併症には、神経障害、網膜症、腎症の三大合併症があります。その他、血管障害を背景にした心疾患、脳血管疾患なども、糖尿病になると発生頻度が高まります。
 こうした合併症は、糖尿病になるとただちに起こるわけではありません。糖尿病になって、高血糖を放置していると、数年という年月をかけて徐々に起こってくるのが一般的です。図に示すように、糖尿病が長期になるにつれ起こってきますが、一般的には、神経障害が先にきて、次に網膜症、もっと障害が進むと腎症が起こってくると考えられます。


糖尿病性神経障害

 最初は、手足のしびれや、痛みが起こってくるのがふつうです。次第に進行するにつれ、自律神経系の障害も併発し、インポテンツ、たちくらみ、便秘、発汗障害、膀胱障害などを起こしてきます。さらに重症化するると、足の壊疽を起こしてきます。こうした障害は、多彩でさまざまな種類がありますから、多くの患者さんたちが、こうした合併症を経験します。このため、糖尿病性神経障害は、糖尿病の合併症の中で、最も高頻度で多岐にわたる合併症であると考えられています。

糖尿病性網膜症

 糖尿病性網膜症は、合併症の中でも最も深刻なものです。欧米では以前から失明原因の第一位は糖尿病性網膜症です。日本でも調査方法によって差がありますが、患者の約半数がなんらかの網膜異常を有しているといわれることすらあります。失明した患者さんが全国で推定3〜4万人ぐらいいるといわれています。網膜というのは図にあるように、目の奥にあり、カメラに例えればフィルムにあたります。網膜は光を感じてこれを信号とし、脳に伝える重要な役割を果たしています。
 この網膜には毛細血管がたくさん分布しています。高血糖を放置していると、こうした血管が破綻し、はじめは小さな出血点のようなものがあらわれます。進行すると大きな出血や斑点があらわれます。このような変化は眼底検査でわかり、眼底写真で記録されます。しかし糖尿病になったからといって直ちに網膜症が起きてくるわけではなく、平均約10年くらいかかると考えてよいでしょう。もちろん血糖コントロールが不良の場合はより早くあらわれ、血糖コントロールがよい場合では、何年たっても死ぬまであらわれません。
 眼底検査で単純性網膜症と呼ばれている時期は、毛細血管に瘤のようなものができたり、網膜内に限局した出血や白斑などがみられます。この段階での出血や白斑は、視力に影響を及ぼすことは少ないため、ほとんど自覚できません。この時期に血糖コントロールをしっかり行えば、網膜症が軽快したり、回復することもあります。
 次に進行すると、前増殖性網膜症という段階になります。網膜の表面にある血管が閉塞して白斑が多発するようになり、血流が届いていない領域ができ、異常な形や走行をする血管がみられます。
 こうした状態で、高血糖を放置すると、すぐに次のもっと重症な増殖性網膜症に移行します。この段階になると、衝撃や血圧の急激な上昇をきっかけに血管が破れて大出血し、網膜前出血や硝子体出血の直接の原因となります。治療は非常に困難になるので、こうなる前に光凝固といった治療法で予防しなくてはいけません。
 光凝固というのは、レーザー光線を網膜の血管にあて、その熱で細かな血管から血液成分が漏出している部分を熱で固めてしまう方法です光凝固の後、視界が多少暗く感じてしまうこともありますが、進行が多少なりとも抑制されるというのが、この治療の原理です。アメリカでは1975年に、この光凝固療法がほんとうに有効がどうかという大がかりな研究が行われました。その結果は、治療3年後の失明率は、光凝固を行った目では、行わない目の半分以下の率で低くなっていたとのことです。
 このように有効なことがわかったので、最近では新生血管があらわれる増殖網膜症の早期はもちろんのこと、前増殖性網膜症にある場合でも、光凝固療法を受けたほうがよいと考えられています。

糖尿病性腎症

 現在日本では人工透析を行っている患者さんは約8万人いるといわれ、そのうち糖尿病の患者さんは20%と、慢性腎炎に次いで第2位を占めています。また糖尿病の患者さんの場合、腎症以外の合併症も多く、透析導入後の生存も低いのが問題です。
 しかし糖尿病によって起こる腎症では、腎不全といったかなり進行した状態になるまでは、ほとんどなにも、症状となってあらわれることがありません。ですから、あくまで採血や尿からの検査の結果で、善し悪しを判定するしかありません。
 初発症状は蛋白尿で、普通では排出されないはずの蛋白が、尿の中に出てきてしまう状態です。一般には糖尿病発症後10年から15年を経過する頃から認められます。しかしはじめのうちは、間欠的(出たり出なかったりする)に出現する場合が多いので、放置されることもあります。いつも蛋白が出続ける状態になると腎症はある程度進行してしまった時期といえます。
 最近ではこうした従来の試験紙法で蛋白尿陽性となる以前に、尿中に微量アルブミンを検知することが可能になりました。これは試験紙法ほど簡単ではありませんが、それでも専用のキットで短時間で容易に判定できます。この時期に血圧や血糖のコントロールなどを厳重に行えば、腎症への進展が阻止できる可能性が高いことがわかってきたため、この時期で腎症を発見することが大変重要だと考えられているわけです。
 放置していると次第に尿中の蛋白排出が増加し、ついてには1日何グラムもの量になります。この時期をネフローゼ症候群と呼びます。こうなると、一般には1〜2年くらいのうちに腎機能低下が顕著となり、腎不全となります。
 このような過程において、下肢の浮腫、心不全、尿毒症(腎症で排泄できない毒素が体内に溜まってくる状態)を起こしてきます。さらに悪化すると人工透析や腎臓移植などの治療を受けるしかありまぜん。これは患者さんにとって大変な負担になります。

合併症に対する対策

 こうした合併症を防ぐためには、現在のところでは、血糖コントロールをすることがもっとも確実な方法です。もちろん食事療法、運動療法、経口血糖降下剤療法(のみ薬)でも血糖コントロールは行えます。しかし、とくにインスリン療法が発展してからは、その効果は確かで、多くの臨床研究で証明されています。
 最近、New England Journal of Medicineという有名な英文の雑誌では、強化インスリン療法を行った約1400人の患者さんの調査が報告されています。この大がかりな調査では、6.5年間の観察において、強化インスリン療法では血糖コントロールを正常に近い状態にすると、網膜症の進行が遅くなり、病像が縮小されたとしています。また、腎症の早期徴候である微量の蛋白尿(尿中に出てくるアルブミン)の発生も減少し、臨床的な神経障害の発生も減少したと報告しています。(ただし低血糖が増えることは問題になっていますが)。
 こうした結果から、「糖尿病のさまざまな治療で血糖コントロールがつかない場合には、強化インスリン療法を積極的に進めたほうがよい」という臨床的に重要な知見が得られたわけです。
 また最近では、糖尿病の新しい経口剤(のみ薬)が開発されています。こうした薬が血糖コントロールだけでなく、さまざまな合併症の進展防止にどう効果があるか、期待し結果が待たれています。
 さらに、アルドース還元酵素阻害剤など合併症予防のための薬も応用できるようになっています。こうした合併症予防のための薬も今後、多くの患者さんに福音をもたらしてくれるものと思います。
 しかしながら、合併症予防にとってもっとも大切で忘れていけないことは、きちんと病院に通院し、定期的に医師に適切なアドバイスを受けることです。しっかり毎月の血糖コントロールの状況を把握し、高血糖が悪化する徴候があれば、すぐにそれに対応することがもっとも大事です。合併症が進んでどうしようもなくなる患者さんが本当に多いのです。こうした事態にならないよう、患者さんが病気に対する正しい知識を持ち、しっかり医師の指導を受けるようにしてください。
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