「目と健康シリーズ」より(シリーズNo.3)
特集:糖尿病黄斑症
監修:堀 貞 夫 先生(東京女子医科大学眼科教授)
編集:北野 滋彦 先生(東京女子医科大学糖尿病センター眼科教授)
ボンジュール。また会えたね! 今日の話題は「糖尿病黄斑症」。う〜ん…、黄斑症って、いったいなんだろう? 最初に「糖尿病」ってついているから、やっぱり糖尿病の合併症のひとつなんだろうな。よく聞く糖尿病網膜症と、なにが違うんだろう? |
| ●視力にとって一番大切なポイント「黄斑」 |
| …………………………………………………… |
わたしたちの眼は、瞳から入ってきた光を眼底の網膜で感じとっています。網膜は、1億数千万個もの、光の情報を感知するための視細胞と、その情報を脳へ送る神経細胞、それらの細胞に血液を送る血管などで構成されています。
視細胞には、杆体細胞と錐体細胞の2種類があります。杆体細胞は、光の明暗を感じとる視細胞で、わずかな光にも反応します。これに対し錐体細胞は明るい所でよく働き、色を識別したり細かい物を区別する機能があり、視力を得るために重要な役割を担っています。
ところで私たちは通常、一点を見つめているときでも、上下左右の広い範囲(視野)を見ることができます。これは、網膜が眼球の内側(眼底)全体に広がっているからです。ところが、一部分をよく見ようとするときには、首や眼球を動かし、見たい所を視野の中央でとらえなくてはいけません。網膜の中で最も視力が鋭い黄斑に、焦点を合わせる必要があるためです。

黄斑とは、眼底のほぼ中央に位置する黄褐色の部分を指します。黄斑には、錐体細胞が密集しています。そして、錐体細胞以外の組織は極端に少なく、とくに黄斑の中心0.4ミリメートルの中心窩には、血管さえ存在しないほどです。これは、黄斑には光を遮るものがほとんどないことを意味し、この特殊な構造が、錐体細胞が密集していることと相まって、高い視力を作り出しているのです。
このように黄斑(とくに中心窩)は、網膜の中で特別な意味をもつ、視力にとってとても大切なポイントなのです。
 糖尿病網膜症の病期別にみた黄斑浮腫の頻度 |
黄斑が傷められ視力が低下する病気を、黄斑症といいます。黄斑症の原因には、加齢や高度の近視、遺伝的な素因などがありますが、糖尿病も大きな原因に挙げられます。
糖尿病の眼の合併症としては、糖尿病網膜症がよく知られています。患者さんの立場からみた網膜症と黄斑症の違いはなにかというと、症状が自覚できるかできないか、ということでしょう。網膜症の自覚症状は、硝子体出血や網膜剥離が起きたときに急に現れ、それまで患者さん本人はほとんど気付きません。ところが、黄斑症の場合、たとえ黄斑以外の網膜が正常だとしても、視力は著しく低下してしまいます。
糖尿病黄斑症は、糖尿病の患者さんのおよそ9パーセントに起きているといわれています。ただし、黄斑も網膜の一部ですから、網膜症の起きている人ほど黄斑症が起きる率も高くなる関係があり、実際に増殖網膜症まで進行している人の黄斑症発症率は、71パーセントに上ります。
ハ〜ン。どうやら糖尿病網膜症のいろいろなパターンの中で、早いうちから視力に直接影響が出てくるパターンが糖尿病黄斑症っていうことらしいネ。でも、どうしてよりによって、大切な黄斑がやられちゃうのかな? もちろん治す方法はあるよね? ネ!? |
糖尿病黄斑症の原因は大きく三つに分けられます。
糖尿病は、血液中のブドウ糖濃度(血糖値)が高くなる病気で、血液の流れが悪くなることから、さまざまな合併症が起きてきます。眼球内の血管は大変細いため、高血糖の影響が出やすく、多くの眼の合併症が現れます。
網膜内の血流・血管障害があると、血管から血液中の成分が漏れ出したり、血管の一部が瘤のように膨れる毛細血管瘤が形成されて、浮腫(むくみ、腫れ)を起こします。黄斑以外の浮腫なら自覚症状はありませんが、黄斑浮腫の場合、視力が低下したり、変視症といって、ものがゆがんで見えたりします。
また、前にも書きましたが、黄斑の中央の中心窩には、もともと血管が存在しません。このため、健康な状態でも、周辺の網膜や脈絡膜*の血管から酸素や栄養を受けています。ですから血流障害が起きると、他の網膜より影響が出やすく、視細胞の機能低下という結果につながります。
|
|
*脈絡膜は、網膜の外側にある、血管が張り巡らされた組織です。脈絡膜内の豊富な血管は、網膜へ酸素や栄養を補給する役割をもっています。 |
網膜色素上皮とは、網膜の一番外側にある、脈絡膜との境目の層です。網膜と脈絡膜の間では、酸素はもちろんタンパク質などのさまざまな成分・物質が、双方の必要量に応じて行き来しています。
網膜色素上皮は、脈絡膜から網膜へ必要以上の成分が入り込むのを防いだり、網膜内にある不要なものを脈絡膜へ戻したりする働きがあります。
糖尿病で高血糖状態が続くと、この網膜色素上皮がうまく機能しなくなり、網膜内に不要なものが溜まり、黄斑に浮腫が起きてきます。
硝子体は、網膜の内側にあり、眼球の大部分を占めるゼリー状の組織です。硝子体の表面を硝子体膜といい、この膜は通常は網膜と付着しています。
硝子体は、加齢や高血糖によるタンパクの糖化などから、徐々に収縮することがあります。硝子体が収縮すると、黄斑付近の網膜が、硝子体膜を介して牽引され、黄斑に浮腫が発生します。
| ●糖尿病黄斑症の病状と検査・治療 |
| ………………………………………… |
それではここで、糖尿病黄斑症にはどのような治療法があるのか、病状別にみてみましょう。なお、ここでは眼科的な治療を中心に解説していますが、その前提として糖尿病の治療(血糖コントロール)が大切なことはいうまでもありません。
局所性浮腫 黄斑部で血液の 漏出が起きてい ます |  |
|
 | レーザー光 凝固後 血液の漏出はなく なり浮腫が改善し ました |
|
黄斑の一部分に浮腫が生じた状態です。血流障害によって、毛細血管瘤や黄斑部網膜内の血管から、血液成分が漏れ出ることが原因となります。視力の低下、または変視症といった症状が現れます。
眼底のようすを立体的に把握できる細隙灯顕微鏡を用いた検査や蛍光眼底検査により、毛細血管瘤や血液が漏れ出ている箇所(漏出点)を確認し、その箇所をレーザー光凝固術で凝固します(局所凝固)。
光凝固術は、黄斑症治療の中心的な手段ですが、この局所性浮腫の段階で最も効果を発揮し、浮腫が改善すれば視力は回復します。
びまん性浮腫 浮腫が黄斑や黄斑 周辺に広がってい ます |  |
|
 | レーザー光 凝固後 黄斑を取り囲む ように光凝固を 施行し、浮腫の 改善・進行停止 をめざします |
|
黄斑を含む網膜に、浮腫がくまなく広がっている状態です。血流障害に加え、網膜色素上皮機能障害や、後部硝子体膜による網膜の牽引などにより発症します。視力は極度に低下してきます。
この段階での治療は、血管の漏出点が確認できればその箇所を局所凝固するとともに、中心窩を除き浮腫が起きている範囲全体に光凝固を施します(格子状凝固)。
最近では、後部硝子体膜牽引の除去を目的とする硝子体手術(硝子体を切除・吸引して、硝子体膜と網膜を物理的に剥がす)が、視力が極端に低下する前の早いうちから施行されるようになってきました。
治療により浮腫が改善すれば、病状によって差はあるものの、ある程度の視力回復が期待できます。
 | 嚢胞様黄斑浮腫 黄斑部に花びら のように見える 浮腫があります |
びまん性浮腫の中でも、とくに黄斑の神経線維層の浮腫が進行した状態です。
黄斑の神経線維層は中心窩から放射線状に広がっているため、嚢胞様黄斑浮腫を眼底検査で正面からとらえると、菊の花のように見えます。すでに黄斑部網膜が器質的に変化してしまったことを示していて、光凝固などを行っても、多くのケースで高レベルの視力障害(矯正視力で0.1以下)が残ってしまいます。
そのほかの治療手段としては、薬物療法として、血栓を溶解(またはできにくく)する薬、浮腫を改善する薬などが用いられます。また、高気圧状態で酸素を吸入し、網膜細胞に大量の酸素を送り込んで細胞を活性化させる、高気圧酸素療法もあります。しかし、これらは補助的な治療法で、黄斑症の治療はレーザー光凝固術、あるいは硝子体手術が軸となっています。
なお、糖尿病合併症の腎症(腎臓の病気)があると、低タンパク血症や高血圧、全身のむくみなどが黄斑にも影響を与えます。腎症がある場合、視力の維持・回復のためにも腎症治療は重要です。
 |
 |
レーザー光凝固術は、それまでほとんど有効な治療手段がなかった糖尿病網膜症の、画期的な治療手段として登場しました。現在では、多くの患者さんが光凝固により失明から免れています。
しかし、一方で光凝固(汎網膜光凝固)は、黄斑症の発症・進行につながる可能性があるのも事実です。
その理由は、ひとつは黄斑周辺の網膜細胞を凝固したことで相対的に黄斑部の血流が増えたり、凝固による炎症のために血管から血液成分が漏れやすくなり黄斑浮腫の進行を招くこと、もうひとつはレーザー光が硝子体に刺激を与え硝子体収縮の一因となることです。
かといって光凝固術が必要なのに、黄斑への影響を恐れて手術を受けずにいると、もっと悪い結果を招きかねません。黄斑症には黄斑部の光凝固や硝子体手術などの治療手段もあるので、医師の説明を納得いくまでよく聞き、適切な時期に適切な網膜症治療を受けるようにしましょう。 |
|
 |
 |
| ●検査を受け、早いうちに適切な治療を |
| ……………………………………………… |
糖尿病黄斑症は、視力への影響が大きな病気ですが、最初のうちは視力の変動があって、血圧や体調によって、よく見えたり見えなかったりします。これが原因で、光凝固のタイミングを逃し、局所性浮腫からびまん性浮腫に進行してしまう恐れもありますので、注意が必要です。
視力が低下してから治療を受けるのでなく、視力が低下する前から定期的に検査を受け、必要な時期に適切な治療を受けられるようにしておくこと、それが糖尿病黄斑症から眼を守る最善の手段なのです。
フーン。なるほどなるほど。やっぱり、糖尿病黄斑症も早期発見、早期治療が大切だってことね。それにしても糖尿病って、いろいろな合併症があるのね。用心、用心! |
このページへのお問い合わせ/ご意見はdm-net@ba2.so-net.ne.jp までお寄せください。
(c) 2000 Soshinsha