ニュース

2009年03月20日

血管障害抑止の鍵として注目されるトリグリセライド

 糖尿病や高血圧、脂質異常症(高脂血症)による血管障害は、心筋梗塞や脳卒中などの合併症をもたらし、先進国においてはがんと並ぶ主要な死亡原因となっている。そればかりでなく、狭心症や身体の障害を招き、とくに糖尿病においては失明や透析といった生活の質(QOL)低下につながるさまざまな状態を引き起こすことがある。

 血糖降下薬、降圧薬、脂質改善薬による治療によって血管障害による合併症や死亡は減少するものの、その効果には限界があり、これら基礎疾患を有する患者さんの血管障害のリスクは依然高い。このため現在に至るまで、血管障害を確実に抑止し得る各検査値の管理閾値(治療目標)の探索が続けられている。

治療の“中身”が問われ始めている
 これまでの研究によって、以前から行われてきた血糖管理、降圧療法、脂質改善療法の、治療の“中身”が重要であることが示されつつある。

 具体的には、糖尿病に関しては単に空腹時血糖や HbA1Cを指標としてコントロールするだけでなく、食後血糖のコントロールも必要であることが証明されている。高血圧に関しては、単に診察室血圧を指標として治療するだけでなく、昼間の職場や夜間睡眠時、早朝も含めた24時間の持続した降圧が求められるようになった。脂質異常症に関しても、高LDLコレステロール血症を治療するだけでなく、高トリグリセライド(中性脂肪)血症や低HDLコレステロール血症の治療の重要性を示すエビデンスが蓄積されてきた。

 こうした新たな知見により、食後高血糖に対してはαグルコシダーゼ阻害薬、グリニド薬、超速効型インスリンによる治療と、血糖自己測定や1,5-AG検査、グリコアルブミン検査などによるその評価が行われている。また高血圧については患者さんに対して家庭血圧の測定を勧め、必要があれば多剤併用や服用回数を増やすなどの対策がとられるようになった。

 これに対して脂質異常症においては従来より、大血管障害(動脈硬化)の強力な危険因子である LDLコレステロールが研究の中心となっていて、それを低下させるスタチンの効果が劇的であることから、その作用の増強を狙ったストロングスタチンを用いた治療が主流となってきた。しかしながら、現状において、高トリグリセライド血症や低HDLコレステロール血症の治療は、いまだスタチンの副次的な効果に期待するにとどまることが多く、ストロングスチタンを用いて LDLコレステロールを下げても、動脈硬化性疾患を完全に抑止することはできない。

 スタチン強化治療によって LDLコレステロール値を 70mg/dL未満に低下させた「PROVE IT-TIMI 22」試験ではトリグリセライドを指標にした比較検討が行われ、スタチンによって LDLコレステロールの低下(LDLコレステロール<70mg/dL)が達成できても、高トリグリセライド群(トリグリセライド≧200mg/dL)は低トリグリセライド群(トリグリセライド<200mg/dL)に比べて心血管イベント発症率は有意に高かった。


J Am Coll Cardiol 51(7) : 724-730, 2008

 このため近年、血管障害の「残された危険因子」として、高トリグリセライド血症や低HDLコレステロール血症があらためて注目されるようになってきた。
糖尿病と高トリグリセライド血症
 トリグリセライド値と HDLコレステロール値は逆相関することが多い。つまり高トリグリセライド血症と低HDLコレステロール血症は併発しやすい。そしてこの両者は、高LDLコレステロール血症から独立した危険因子となる。

 例えば下図は、HDLコレステロールに比して総コレステロールが高い人たちを、HDLコレステロール値とトリグリセライド値で細分化してイベント発症率を比較した「PROCAM」という臨床研究の結果だが、HDLコレステロールが低いグループほどトリグリセライド値が高い人が多く、かつ、イベント発生率が高いことが示されている。


Am J Cardiol 102(suppl) : 1K-34K, 2008

 以上のことは、糖尿病がある場合においてより重みを帯びてくる。糖尿病で血糖値が高い状態では、LDLコレステロール値がそれほど高くなくてもトリグリセライド値が高くなるためだ。脂質代謝に関係している酵素「リポ蛋白リパーゼ」の働きが、インスリンの作用不足のために阻害されることが影響していると考えられるが、いずれにしても、糖尿病患者さんの場合はトリグリセライド値の変化に注視しておく必要性が高いと言える。

 また最近では、トリグリセライド値が高いと、LDLコレステロールの中でも血管障害をとくに惹起しやすい「small dence LDL」が増加することからも、高トリグリセライド血症治療の必要性が再認識されるようになってきた。さらに、糖尿病に特異的な血管合併症である細小血管障害の網膜症や腎症に対して、高トリグリセライド血症の治療薬である「フェノフィブラート」で抑制されることが示され、血糖と血圧の管理に続く、合併症抑止の新たな治療戦略の候補となっている。

「トリグリセライドコントロール」という考え方
 加えて糖尿病との関連では「食後高トリグリセライド血症」も見逃せない。

 LDLコレステロール値は食前も食後もほぼ一定のため、空腹時採血で行われる一般的な検査でも問題ないが、トリグリセライド値は血糖値と同様に食事の影響を受け大きく日内変動しており、通常の検査では正確に把握されていないことも少なくないと考えられる。食後代謝異常が問題となる糖尿病では、その頻度と程度がより高まる。

 血糖値に関しては昨今、日内変動に配慮したコントロールが行われるようになりつつあるが、今後は食後一過性の高トリグリセライド血症も見据えた「トリグリセライドコントロール」という考え方がクローズアップされてくるだろう。

関連情報
糖尿病性血管障害のより確実な抑止のために(糖尿病NET)

[ DM-NET ]
日本医療・健康情報研究所

play_circle_filled 記事の二次利用について

このページの
TOPへ ▲