目と健康シリーズ Eye & Health
2015年05月29日
No.2. 糖尿病網膜症
編集
東京大学大学院眼科准教授
加藤 聡 先生
眼の合併症は、糖尿病と診断されたときから定期的な眼科の検査を受け、糖尿病と眼科の適切な治療を続けていれば、確実に防げます。しかし、実際には糖尿病を放置している人が少なくなく、毎年多くの人が、糖尿病の合併症で視力を失い、成人の失明原因として非常に大きな比率を占めているのです。
なぜ糖尿病で網膜症になるのでしょう。それは、網膜には細かい血管が全体に張りめぐらされていることと、糖尿病が血糖値の高い状態が続く病気だということに関係しています。血糖値が高い状態では血管に多くの負担がかかり、血液の流れが悪くなってきます。細かい血管が密集している網膜は、高血糖の影響を非常に受けやすいのです。
糖尿病網膜症は、次のような段階を経て進行します。
※印の語句は、このページの後半に解説があります。
《網膜の状態》
血管の所々に障害が現れ始め、毛細血管の一部がこぶのように腫れる毛細血管瘤〈りゅう〉、血管の壁から血液が染み出した点状・斑状出血、血液中の血漿〈けっしょう〉成分が染み出してつくる硬性白斑などが現れる。
《症状》
全くない。
《検査》
3〜6カ月ごとに精密眼底検査※1を受ける。必要なら蛍光眼底撮影※2も。
《治療》
糖尿病の治療(血糖コントロールの改善)と網膜循環改善薬※3などの内服薬の服用で進行を防ぐ。初期の単純網膜症なら、血糖コントロールの改善で軽快することもある。
血管が詰まって、網膜の一部に血液が流れていない虚血〈きょけつ〉部分が生じてきた段階で、そのまま放置すれば次の増殖網膜症に進行します。
《網膜の状態》
血流が悪い部分の細胞が変化してシミのように見える軟性白斑、血流が全く途絶えてしまう血管閉塞、静脈が異常に腫れあがる静脈異常、血管から染み出た血液成分が網膜内に溜まり網膜が腫れる網膜浮腫〈ふしゅ〉などが起きてくる。
《症状》
ほとんどないが、黄斑〈おうはん〉部に浮腫(黄斑浮腫)が起こると著明な視力低下。
《検査》
1〜2カ月ごとに精密眼底検査や必要に応じて蛍光眼底撮影などの眼科検査。
《治療》
血糖コントロールの改善とともに、虚血部分の網膜にレーザー光凝固※4を行い(局所凝固)、増殖網膜症への進行を阻止する。黄斑浮腫に対しては、抗VEGF薬注射やレーザー光凝固、硝子体〈しょうしたい〉手術※5を行う。
(黄斑浮腫についてはシリーズNo.3「糖尿病黄斑症」を参照ください)
虚血部分に酸素や栄養をなんとか送り込もうと、新生血管が伸びてくる段階です。新生血管の発生は、一見理にかなっているように思えます。しかしこの血管は、大変もろく出血しやすい血管で、新生血管が破れて網膜の表面や眼球内(厳密には硝子体内)に出血が広がると、視力に大きな影響を及ぼします。
《網膜の状態》
新生血管が網膜の表面や硝子体に伸びてくる。新生血管から染み出た成分が刺激となって、薄い膜状の増殖膜が形成される。新生血管が破れることで硝子体出血、増殖膜が網膜を牽引し網膜剥離〈はくり〉が発生。
《症状》
視力の低下や飛蚊症〈ひぶんしょう〉。ただし、硝子体出血や網膜剥離が起きていなければ、この段階でも症状がないこともある。
《検査》
2週〜1カ月ごとの眼科検査。必要があれば超音波検査※6。
《治療》
黄斑部を除く網膜全体に光凝固を行う(汎網膜凝固)。新生血管そのものを凝固することも。硝子体出血や網膜剥離が起きてしまった場合は、硝子体手術などで視力の回復をめざす。
《網膜の状態》
以前発生した新生血管や増殖膜の活動は停止している。
《症状》
眼科治療後の視力を維持。
《検査》
2〜6カ月ごとの眼科検査。
《治療》
血糖コントロールの改善、内服薬の服用。
だからといって糖尿病を放置していると、ある日突然、目が見えなくなった、目の前が真っ暗になったとあわてて病院に駆け込み、硝子体出血や網膜剥離と診断されることもあります。
「自分のことは自分が一番よく知っている」、「忙しくて通院していられない」、「検査しないとみつからないような段階ならまだ大丈夫」といっている人は、合併症が間違いなく発症・進行するといえます。糖尿病と診断されたら、適切な治療を続けていくようにしましょう。
そして、定期的に眼科検査を受けることも忘れないでください。検査・治療を続けていれば、糖尿病が原因で失明することは、必ず防げるのですから。
シリーズ監修:堀 貞夫 先生 (東京女子医科大学名誉教授、済安堂井上眼科病院顧問、西新井病院眼科外来部長)
企画・制作:(株)創新社 後援:(株)三和化学研究所
2017年11月改訂
東京大学大学院眼科准教授
加藤 聡 先生
も く じ |
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ハ〜ロ〜! 調子はどーお? 今回のテーマは糖尿病網膜症。 なんだか最近、糖尿病ってよく耳にするよね。尿に糖が出る病気が「糖尿病」でしょ? なのに、どうしてその糖尿病が眼に悪いんだろう?? |
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眼に現れる糖尿病の影響
増え続ける糖尿病
近年、患者数の増加が著しい病気の代表に、糖尿病があります。国内の患者数は約1,000万人、予備軍を含めると、約2,000万人になります。糖尿病は合併症(余病)が怖い病気で、合併症はとくに腎臓や神経、そして眼に現れることが多く、これらは三大合併症といわれます。眼の合併症は、糖尿病と診断されたときから定期的な眼科の検査を受け、糖尿病と眼科の適切な治療を続けていれば、確実に防げます。しかし、実際には糖尿病を放置している人が少なくなく、毎年多くの人が、糖尿病の合併症で視力を失い、成人の失明原因として非常に大きな比率を占めているのです。
網膜が冒されてきます
眼の奥の方には網膜という組織があり、これはカメラにあてはめるとフィルムにあたります。網膜は、瞳から入った光の明暗や色を感知する役割をもっていて、ものを見るために大変重要なところです。網膜症とは、なんらかの理由でこの網膜が傷められ、カメラでいうと、フィルム(撮像素子)の感度が低くなったり、フィルム自体が破損してしまった状態になる病気のことです。網膜症が起きる大きな原因として、糖尿病があげられます。程度の差はありますが、糖尿病の患者さんの3分の1に、網膜症が起きているといわれています。なぜ糖尿病で網膜症になるのでしょう。それは、網膜には細かい血管が全体に張りめぐらされていることと、糖尿病が血糖値の高い状態が続く病気だということに関係しています。血糖値が高い状態では血管に多くの負担がかかり、血液の流れが悪くなってきます。細かい血管が密集している網膜は、高血糖の影響を非常に受けやすいのです。
糖尿病という病気
糖尿病は、血液中のブドウ糖濃度(血糖値)が高い状態、すなわち高血糖状態が続く病気です。健康な人では、食事の後、膵臓〈すいぞう〉からインスリンというホルモンが分泌されて、食べたものに含まれる糖分をエネルギーに変換します。糖尿病では、このインスリンの量や働きが低下してしまうのです。 糖尿病には、喉が渇く、多尿などの症状がありますが、これらは血糖値がかなり高くならないと現れません。血糖値が多少高い程度の状態では自覚症状はほとんどないために、糖尿病を治療しないでいる人が少なくありませんが、合併症はからだの中で確実に発症・進行しているのです。糖尿病の眼の合併症は網膜症以外に、白内障をはじめ、さまざまな病気があります。 糖尿病は、完全に治るということのない病気ですが、正しい治療を続けていれば、糖尿病でない人と全くかわらない生活を送ることができます。 なお、糖尿病にはふたつのタイプがあります。膵臓のインスリン分泌能力が全くない1型糖尿病(生存のために体外からのインスリン注射が欠かせないタイプ)と、膵臓のインスリン分泌能力がある程度は残っている2型糖尿病です。日本人の糖尿病のほとんどは2型糖尿病で、これは生活習慣病の一種ですから、治療には生活習慣の改善が欠かせません。
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症状がないまま進行する糖尿病網膜症
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※印の語句は、このページの後半に解説があります。
単純網膜症
網膜内の血流が悪くなり始めた、網膜症の最初の段階です。《網膜の状態》
血管の所々に障害が現れ始め、毛細血管の一部がこぶのように腫れる毛細血管瘤〈りゅう〉、血管の壁から血液が染み出した点状・斑状出血、血液中の血漿〈けっしょう〉成分が染み出してつくる硬性白斑などが現れる。
《症状》
全くない。
《検査》
3〜6カ月ごとに精密眼底検査※1を受ける。必要なら蛍光眼底撮影※2も。
《治療》
糖尿病の治療(血糖コントロールの改善)と網膜循環改善薬※3などの内服薬の服用で進行を防ぐ。初期の単純網膜症なら、血糖コントロールの改善で軽快することもある。
増殖前網膜症
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《網膜の状態》
血流が悪い部分の細胞が変化してシミのように見える軟性白斑、血流が全く途絶えてしまう血管閉塞、静脈が異常に腫れあがる静脈異常、血管から染み出た血液成分が網膜内に溜まり網膜が腫れる網膜浮腫〈ふしゅ〉などが起きてくる。
《症状》
ほとんどないが、黄斑〈おうはん〉部に浮腫(黄斑浮腫)が起こると著明な視力低下。
《検査》
1〜2カ月ごとに精密眼底検査や必要に応じて蛍光眼底撮影などの眼科検査。
《治療》
血糖コントロールの改善とともに、虚血部分の網膜にレーザー光凝固※4を行い(局所凝固)、増殖網膜症への進行を阻止する。黄斑浮腫に対しては、抗VEGF薬注射やレーザー光凝固、硝子体〈しょうしたい〉手術※5を行う。
(黄斑浮腫についてはシリーズNo.3「糖尿病黄斑症」を参照ください)
増殖網膜症
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《網膜の状態》
新生血管が網膜の表面や硝子体に伸びてくる。新生血管から染み出た成分が刺激となって、薄い膜状の増殖膜が形成される。新生血管が破れることで硝子体出血、増殖膜が網膜を牽引し網膜剥離〈はくり〉が発生。
《症状》
視力の低下や飛蚊症〈ひぶんしょう〉。ただし、硝子体出血や網膜剥離が起きていなければ、この段階でも症状がないこともある。
《検査》
2週〜1カ月ごとの眼科検査。必要があれば超音波検査※6。
《治療》
黄斑部を除く網膜全体に光凝固を行う(汎網膜凝固)。新生血管そのものを凝固することも。硝子体出血や網膜剥離が起きてしまった場合は、硝子体手術などで視力の回復をめざす。
増殖停止網膜症
治療により、病状が安定した状態です。ただし、再び進行し始める可能性もあるので油断はできません。《網膜の状態》
以前発生した新生血管や増殖膜の活動は停止している。
《症状》
眼科治療後の視力を維持。
《検査》
2〜6カ月ごとの眼科検査。
《治療》
血糖コントロールの改善、内服薬の服用。
糖尿病を治療しないでいると、大変なことになるのねェ。
糖尿病から眼を守るためには、どうすればいいのか、ちゃんと確かめておいてね。
糖尿病網膜症といわれたら
このように、網膜症は徐々に進行しますが、注意しなければいけないのは、かなり進行しても、視力の低下などの自覚症状がほとんどないということです。そして、糖尿病そのものも自覚症状の少ない病気です。だからといって糖尿病を放置していると、ある日突然、目が見えなくなった、目の前が真っ暗になったとあわてて病院に駆け込み、硝子体出血や網膜剥離と診断されることもあります。
「自分のことは自分が一番よく知っている」、「忙しくて通院していられない」、「検査しないとみつからないような段階ならまだ大丈夫」といっている人は、合併症が間違いなく発症・進行するといえます。糖尿病と診断されたら、適切な治療を続けていくようにしましょう。
そして、定期的に眼科検査を受けることも忘れないでください。検査・治療を続けていれば、糖尿病が原因で失明することは、必ず防げるのですから。
企画・制作:(株)創新社 後援:(株)三和化学研究所
2017年11月改訂