HealthDay News

2023年05月15日

脳卒中後の妻とその夫をテコンドーの「不屈の精神」が支える――AHAニュース

HealthDay News
 米国ノースカロライナ州に住むCécile Boyntonさんは、5カ月前に結婚したばかりの夫に、「仕事が終わって今から帰るところ」とメールした。帰宅後は夫婦でパーソナルトレーナーを訪ね、トレーニングを受ける予定だった。2人は数年前に、自宅近くのテコンドー教室で出会った。夫婦ともに黒帯で、夫のMarkさんは10代の頃から格闘技を習い、Cécileさんもトレーニング歴10年に達していた。

 車で家に帰る途中、Cécileさんは頭痛とともに吐き気とめまいを感じ、いったん高速道路を降りた。数分たつと気分が良くなったので、再び車を走らせた。そして彼女が次に覚えていることは、道端に座って救急隊員の質問に答えようとしているシーンだ。乗っていた車は逆さまにひっくり返っていた。

 家ではMarkさんが心配していた。Cécileさんの電話はつながらなかった。ネット検索をしてみると、Cécileさんがいつも走行している道筋で、大きな事故が発生し通行止めになっていることが分かった。ちょうどそのとき、自宅のドアベルが鳴った。外には2人の警察官が立っていて、そのうちの1人がこう言った。「あなたの奥さんは重大な事故に遭い入院しています。奥さんは頭に怪我をした可能性があります」。

 Markさんが病院に駆けつけると、CécileさんはERに収容されていた。彼女は話すことができなかった。Markさんは、妻の目に恐怖が宿っているのを見た。そして彼女の顔の右側がゆがんでいて、右半身を動かせず、左目は見えないようだった。まだ43歳でそれまで健康だった妻が、脳卒中を発症したことは明らかだった。

 Markさんは、偶然にもテコンドー教室で知り合いになっていた神経内科医に電話を入れてみた。その医師は、「彼女から離れずにいて」と答えて電話を切った。時を置かず、医師が看護師とともに駆け込んできた。画像検査の結果、Cécileさんの頸動脈に血栓があることが判明し、血栓除去術を要すると判断された。

 血栓除去術の途中で血栓の一部が崩れてしまい、再び発作が発生してしまったが、血流を回復させることには成功した。ただし、Cécileさんにどの程度の後遺症が残るかは不明だった。Markさんは、自分たちの人生は終わったように感じた。しかし、「自分には、自分たちには選択肢がある。あきらめるか、それとも良くなるかだ」と、自分自身に言い聞かせた。

 術後のCécileさんは怯えているように見えた。それでもMarkさんの姿を見て、夫であることを認識できた。Markさんが妻の右手を取ると、わずかな指の動きを感じ取れた。それは彼に希望を与えた。「君が話せないことは分かっているし、君が混乱していることも分かっている。でも大丈夫」と彼は妻に言った。その夜、弁護士であるMarkさんは自宅に戻ると、訴訟の準備をする時と同じように、Cécileさんの状態について詳しく調べてみた。そして後遺症を抑えるには、できるだけ早くリハビリテーションを始めるべきであることを学んだ。

 翌日、Markさんは医師の許可を得た上で、Cécileさんの全身の筋肉を動かしてみた。少しずつ、力と動きが戻ってきたと感じた。Cécileさんは、言葉を理解することはできたが、自分の言いたいことを伝えるための言葉を探し出せずにいた。表出性失語症と呼ばれる状態だ。Markさんは彼女から言葉を引き出すために歌や詩、祈りなどを口にした。

 CécileさんがICUに収容されてから数日後、Markさんは看護師からある話を聞かされた。彼がそばにいる時は元気そうにしているCécileさんも、彼が帰った後に毎晩泣いているという。そして、結婚したばかりのMarkさんが自分から離れていってしまうのではないかとの不安を、困難な発語で訴えるのだという。Markさんは次の面会の時、「僕は君から絶対に離れない」と妻に告げた。そして、「しかし君には成すべき仕事がある。君の体と心を動かす力を持っているのは君だけだ」とも語った。

 ICUで2週間過ごした後、Cécileさんはリハビリ施設に転院した。2011年4月から1カ月にわたり毎日、言語療法、作業療法、理学療法を受けた。一方、その間に医師たちは、Cécileさんの脳卒中は抗リン脂質抗体症候群(APS)が原因だったと突き止めた。APSは自己免疫疾患の一つで、血栓症のリスクを高める疾患だ。

 退院後もCécileさんは自宅でのリハビリを続けた。右手の麻痺の改善のために、MarkさんはCécileさんの黒帯を使って彼女の左腕の動きを制限して、できるだけ右手を使わざるを得ないようにするなどした。互いにいらつくこともあった。しかし、チームとして力を合わせ、回復を目指した。同じ年の7月までにCécileさんは、Markさんの実家のあるニューヨークに飛行機で行けるほどになっていた。しかし、左目の視力は戻らず、疲れやすくなっていた。

 2011年10月、彼女はマーケティングの仕事にパートタイムとして戻り、電車などの公共交通機関を利用するようになった。さらに2013年には失効していた運転免許証を再取得した。ところが翌年、彼女の状態にあわせて就労環境を整備し、回復をサポートしてくれていた勤め先が、ほかの企業に売却された。彼女は職を失っただけでなく、愛する家族を失ったように感じた。憂うつになり、自宅にこもりがちになった。

 そんな彼女をそばで見守っていたMarkさんは、2カ月後、妻に言った。「家にいるばかりではいけない。このままでは、僕たちが戦って得てきたものが全て消え去ってしまう」と。彼はテコンドーの教義にある「百折不撓(不屈の精神)」をCécileさんに思い出させて励ました。やがてCécileさんは、友人に会うようになり、新しい職にも就いた。

 今年に入り、夫婦でテコンドー教室を訪れた。Cécileさんは視力と平衡感覚の障害のため、トレーニングには参加できなかった。しかし彼女は、「私にとっては、ここに戻ってくることに重要な意味がある。体の麻痺は徐々に改善してきている。まだできないこともあるが、挑戦することに気持ちの昂りを感じている」と語っている。

[American Heart Association News 2023年5月15日]

American Heart Association News covers heart and brain health. Not all views expressed in this story reflect the official position of the American Heart Association. Copyright is owned or held by the American Heart Association, Inc., and all rights are reserved. If you have questions or comments about this story, please email editor@heart.org.
Photo courtesy: Cécile Boyntonさん(本人提供)
[ mhlab ]

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