一般社団法人 日本糖尿病・妊娠学会

会報 2011 April Vol.13 No.1

【巻頭言】
妊娠糖尿病新時代を迎えて

平松 祐司
岡山大学大学院医歯薬学総合研究科 産科・婦人科学教室教授

 最近の妊娠糖尿病(gestational diabetes mellitus;GDM)に関するもっとも大きな話題は、HAPO study(Hyperglycemia and adverse pregnancy outcomes)という非常に大規模な研究が行われたこと。その結果を踏まえて、International Association of Diabetes and Pregnancy Study Groups(IADPSG)からGDMの世界統一診断基準が提唱され、我が国においても、新しいGDM診断基準が制定されたことであります。

 私自身、IADPSG会議に大森安恵名誉理事長とともに日本代表として、2008年のPasadena、2009年のSolentoでの学会およびConsensus panelに出席させていただきました。我が国では、その結果を踏まえ、IADPSGへ参加されていた内科、産婦人科の先生に中林正雄理事長を加えたメンバーで、早期に「妊娠糖尿病診断基準検討委員会」を立ち上げ、対応を検討してきました。そして、関連学会である日本産科婦人科学会と日本糖尿病学会に答申し、世界統一基準に準拠した我が国の新しいGDM診断基準が制定され、2010年7月から運用開始しています。 これは、1984年の日本産科婦人科学会周産期委員会で設定され、日本産科婦人科学会、日本糖尿病学会でも採用されていた旧診断基準の26年ぶりの大改訂であります。

 新しい診断基準では、GDMは「妊娠中にはじめて発見または発症した糖尿病にいたっていない糖代謝異常である。妊娠時に診断された明らかな糖尿病(overt diabetes in pregnancy)は含めない」と定義され、 従来GDMと診断されていたものが、GDMと妊娠時に診断された明らかな糖尿病に分離されることになりました。 すなわち、大きな変更点としては、

  1. 75gOGTTカットオフ値の変更と1ポイント以上陽性であればGDMと診断されるようになったこと、
  2. 妊娠時に診断された明らかな糖尿病(overt diabetes in pregnancy)の概念が取り入れられたこと

の二つがあります。

 昨年の学会で報告しましたように、日本糖尿病学会との最終調整がうまくいかず、妊娠時に診断された明らかな糖尿病(overt diabetes in pregnancy)の診断において、 本学会+日本産婦人科学会と日本糖尿病学会の見解に若干の違いが残されていますが、この問題については、今後3年くらいかけて本学会を中心に検討し、 多くのメッセージを発信していただきたいと思っています。

 さて、新しいGDM診断基準の採用により、全例に75gOGTTを施行した場合、GDMの頻度は2.92%から12.08%と4.1倍になり、pre-existing diabetesおよび “妊娠時に診断された明らかな糖尿病”を加えると、妊娠中の耐糖能異常は約15%になり、ますます本学会の果たすべき役割が重要になってきたと言えると思います。

 この4倍に増加するGDMにどのように対応するかが今後の重要な問題であり、『産婦人科診療ガイドライン産科編2011』には、従来のGDMスクリーニングに関する項目に加え、 「妊娠糖尿病(GDM)、妊娠時に診断された明らかな糖尿病、ならびに糖尿病(DM)合併妊婦の管理・分娩は?」を追加し、少しでも現場の混乱を減らすように努力しています。このガイドラインの普及も重要な課題と思います。

 GDMの管理目標は、その妊娠中の母児の周産期合併症の予防だけでなく、母児の将来の糖尿病、メタボリックシンドローム予防も念頭に置く必要があります。妊婦は家庭においては妻であり、 母親であり、栄養管理や生活習慣確立の面から考えると一家のkey personであります。したがって、妊婦が糖尿病に関する正しい知識を持てば、 家族全体に好影響をもたらすことになります。このためには、GDMに造詣の深い本学会員が中心となり、いろいろな機会を利用し、 女性(妊婦)に対して、糖尿病、栄養管理について正しい知識を提供し、啓発していくことが極めて重要と考えます。同時に産婦人科と内科・小児科が協力し、 ドロップアウトのないフォローアップ体制を構築していく必要があります。

 今回の妊娠糖尿病の診断基準大改定を契機に、さらに多くの医師、コメディカルの方に妊娠と糖尿病に興味をもっていただき、本学会がますます発展することを期待しています。

Distinguished Ambassador Award 受賞の栄誉

大森 安恵
海老名総合病院・糖尿病センター長/東京女子医科大学名誉教授

 自分の受賞のことなど書くと嫌われないか躊躇を感じるが、「後輩のためにぜひ」という編集部のご好意に甘んじて、報告させていただくことにした。 このDistinguished Ambassador Awardは“抜群の大使賞”とでも訳せばよいのであろうか。ヨーロッパ糖尿病学会(EASD)の「Diabetes Pregnancy Study Group(DPSG)」が、 2010年に初めて創った賞である。したがって受賞は、世界中から選ばれ日本人でも、女性でも初めてなので大変栄誉なことであった。

 EASDは、アメリカ糖尿病学会(ADA)に次いで、世界の権威ある学会で1964年に作られている。EASDには、糖尿病の中でも殊の外、 その道の専門家ばかりの集まりである『Study Group』と呼ばれる研究会が15ある。糖尿病腎症、糖尿病網膜症、神経症などなどで、 私はその中の「糖尿病と妊娠」のStudy Groupに属している。このStudy Groupは1969年(昭和44年)に作られ、第1回がフランス・モンペリエで開催されている。

 私が東京女子医科大学を卒業して医師になったばかりの昭和30年代は、まだ糖尿病があると危険だから妊娠をしてはいけないという風潮が社会一般にも浸透していたし、 学校でもそう教えられていた。私は自身の悲しい死産の経験をもとに、糖尿病と妊娠の臨床と研究を樹立しようと決心し、昭和39年には、東京女子医科大学第1例目の 出産を経験した。

 人には、いろいろの恩師やメンターがいるが、日本に糖尿病と妊娠の専門家はいなかった。その道のリーダーになるためには、誰にも負けない勉強が必要である。 私はある小冊子で、EASDの中に糖尿病と妊娠に関するStudy Groupがあることを知り、創始者の一人で、専門書「The Diabetic Pregnant and Her Newborn」の著者でもある、 コペンハーゲン大学のJ.Pedersen教授を訪問した。教授は快く研究会への発表を推薦して下さり、東洋の女性が糖尿病と妊娠の学問をしたいという希望と意欲を とても喜んで下さった。1975年(昭和50年)のことである。

 それ以来、私は毎年この研究会に自費で参画し、研究発表を続けてきた。10年後の1985年(昭和60年)、ヨーロッパ以外の国から初めての会員に任命された。 ヨーロッパ以外の国ゆえ、正会員ではなく名誉会員と呼ばれている。マルタ島で研究会が行われたときのことで、このうれしさは、マルタ島の景色とともに、 私には一生忘れることのできない思い出の一つになっている。その後、ヨーロッパ以外のアメリカ、オーストラリア、インドなどから名誉会員が増え、 研究会はグローバル化し、より活発になってきた。このような経緯で、Distinguished Ambassador Awardが創られたのであろう。

 この栄誉ある受賞は、2010年10月8日、第42回DPSGがポーランド・ワルシャワで行われたとき授与された。この受賞は人生の終結ではなく、 もっと頑張らなければという新たな覚悟が芽生えたような気がしている。受賞に当たり、感謝の代わりに皆様には次のようなメッセージを贈りたい。

   1. 悲しいことが起きてもそれをいつまでも引きずらず、前向きの姿勢をとる。
   2. 人のために尽くすには、金銭、骨身を惜しまない。
   3. 目的を立てたら一つの道を貫き通す。
   4. リーダーシップをとらなければならない立場の人は、絶えず学問、研究を怠らない。

【チャレンジ最前線】
思春期糖尿病外来:“You are not alone”、
そして糖尿病合併妊娠治療管理への架け橋

末原 節代
市立豊中病院 糖尿病センター 思春期・糖尿病と妊娠担当

 思春期は、女性にとって少女から大人の女性への過渡期、とても大事な時期です。そのときに糖尿病と診断されれば、その衝撃はいかばかりか、 その不安と孤独はいかに大きいか……。そのような患者さんに手を差し伸べよう、その気持ちで私たちは『思春期糖尿病外来』を立ち上げました。 医師は診察時間を十分にとる、医師のみならず看護師も患者さんの話を傾聴する、そしてほとんどの場合においてキーパーソンとなる母親には臨床心理士が面談する、これが当院の思春期糖尿病外来の基本骨格です。

 患者さんに伝えるメッセージは「あなたは決して一人ではない―You are not alone」

 私たちは思春期糖尿病外来で経験を重ねるにつれ、患者さんたちがしだいに心を開いていき、不安を払拭して治療に前向きに取り組むのを感じ、 それを励みと自信にして、この外来を運営してきました。

 思春期糖尿病外来は言うまでもなく、患者さんたちの未来を見据えた外来です。女性の未来にあるのは、 結婚、そして妊娠・出産。私たちは思春期糖尿病外来の開設当初から、糖尿病合併妊娠を視野に入れていました。 思春期糖尿病外来のもうひとつのキーワードは“架け橋”です。この外来は、糖尿病と妊娠という問題を抱える患者さんへの架け橋という機能も持っています。 当院では、思春期糖尿病外来のノウ・ハウを身につけた看護師とともに、同じコンセプトで糖尿病合併妊娠、さらには妊娠糖尿病の治療管理に当たっています。 とくに妊娠後に初めて診断された糖尿病合併妊娠と妊娠糖尿病の患者さんの抱く不安と孤独は、思春期糖尿病初診時の患者さんのそれと驚くほど似ています。

 私たちのゴールは、すべての糖尿病を持つ女性が幸せな妊娠・出産を得て、幸せな人生を歩むことです。そのためにこれからも微力を尽くしたいと思います。 “A happy outcome of pregnancy for every woman with diabetes”

連絡先:s-setsuyo@hkg.odn.ne.jp

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