一般社団法人 日本糖尿病・妊娠学会

会報 2012 April Vol.14 No.1

【巻頭言】
先進糖尿病医療における日本糖尿病・妊娠学会

雨宮 伸
埼玉医科大学医学部小児科教授

 妊娠糖尿病の診断基準が改正され、妊娠中の糖代謝異常の管理に関するエビデンスが今後ますます充実してくると期待している。高血糖が軽度であっても、巨大児や肩甲難産の合併症のリスクとなるとなれば、これをどのようにモニターすべきかがまず課題となる。当学会では、すでに妊娠中の血糖管理指標としてグリコアルブミンの測定の有用性を明らかにしつつ、基準値を報告している。従来のHbA1c測定に比べ、より短期間の血糖管理状況の把握ができるので、療養指導上の介入もより合理的になると考えられる。

 グリコアルブミン測定は現在、日本において世界的にもっともその利用法についての研究が進んでいる。HbA1cとの使い分けや、さらに病態の理解にも貢献すると思われる。日本赤十字社の献血時の糖尿病スクーニングへのグリコアルブミンの導入が、妊娠前の女性たちの糖尿病早期発見とともに、糖尿病の妊娠への影響についての啓発活動になっている。大森安恵名誉理事長のご指導とともに当学会がその一翼を荷なったことは誇るべき成果である。

 妊娠中の糖尿病管理において、インスリン治療は重要な治療手段である。より綿密な血糖管理を目指す場合、持続皮下インスリン注入療法(CSII)はもっとも生理的に近い治療手段となると考えられる。しかし、従来、日本での普及は必ずしも十分ではなかった。平成24年度の保険点数の改訂により、非採算の面が強かったCSIIへの加算が行われるとのことである。妊娠期間中のみの利用であっても、十分普及が期待される。CSIIは血糖変動幅の減少を可能とするので、当然計画妊娠さらに思春期以降の女性への適応がある。至適な設定プログラムの研究も進むと思われる。その強力な検査法として、持続皮下間質糖濃度測定(CGM)が行われてきている。いままではセンサーとともに携帯電話大の記録部品を装着している必要があった。このCGMでは装着期間内に持続測定結果をダウンロードできる利点はあったが、装着したまま日常生活を過ごすには不便だった。 4月ごろから市販されるiProとよばれるCGMは、やはり血糖変動の記録を振り返って評価する装置である。しかし、iProは大きなボタン程度のセンサーのみの装着ですむので、入院に限らず日常の血糖変動の観察が容易になると考えられる。 治療への介入結果を評価できることにより、妊婦の血糖管理改善のみならず、胎児環境の評価もより科学的なものとなると思われる。

 小児科医にとっては、我々が診てきた糖尿病の子どもたちが無事に妊娠・出産し、次世代への成育が円滑となることは大きな望みである。 また、妊娠糖尿病の検診により耐糖能異常による胎児への悪影響を予防することも重要なテーマである。もう一つの気がかりは若い女性の痩せ体型である。 世界的にも類をみない低出生体重児の増加率は、出産時の問題のみならず、その子の将来の生活習慣病へのリスクとなっている。 また、2型糖尿病や妊娠糖尿病女性での出生時低体重歴も報告されている。世界的には肥満の増加がもっとも注目される喫緊の課題となってる。 しかし、日本では低体重出生歴の存在はすでに見過ごすことのできない問題であり、日本糖尿病・妊娠学会も、この課題にどのように取り組むべきか、 産婦人科・内科・小児科・看護・栄養・基礎医学などさまざまな領域からの先進糖尿病学を駆使した革新的研究が待たれる。

大森賞を受賞して

谷内 洋子
筑波大学大学院疾患制御医学専攻
水戸地域医療センター 内分泌代謝・糖尿病内科

 このたびは、第27回日本糖尿病・妊娠学会年次学術集会におきまして、名誉ある大森賞を受賞させていただき、大変光栄に存じます。 大森安恵先生、平松祐司先生、今回の学会長の難波光義先生をはじめ、選考委員の諸先生方に厚くお礼申し上げます。

  本研究「20歳時BMIは妊娠糖尿病発症を予測する指標として有用である(Tanaka Women's Clinic Study)」は、20歳時にやせすぎていたこと、 さらに20歳以降のBMI変化量が大きかったことが、それぞれ単独ならびに相乗的にも、妊娠糖尿病発症を予測する有用な指標であることを示したものです。

  肥満に起因する健康上の問題が社会問題化している一方で、我が国では若年女性のやせ過ぎが深刻さを増しており、 生理的に体重増加が求められる妊婦をも巻き込んで若年女性の痩身化が進んでいます。本研究では妊娠前の体重歴に着目し、 20歳時のBMIが「やせ」であった女性は「標準」であった女性に比べて妊娠糖尿病発症リスクが高い可能性が示唆されましたが、 世界に先駆けて若年女性の痩身化が進んでいる日本において、小児期からの食育や生活習慣の重要性を広く周知させ、 妊娠前のやせ過ぎを未然に防ぐことは母児の健康を守る上で重要課題と考えられます。

  このたびの大森賞受賞を励みとし、さらに研鑽を積み一層研究に精進してまいりたいと存じますので、今後ともご指導のほどよろしくお願い申し上げます。

橋 久子
杏林大学医学部付属病院看護部
助産師・糖尿病看護認定看護師

 このたびは大森賞を受賞し、大森先生をはじめ諸先生方に感謝いたします。 何より、この研究をまとめるにあたり協力していただいた自施設の糖尿病・内分泌・代謝内科医師、産科医師やコメディカルの皆さんに感謝いたします。

 今回の実践研究は、妊娠糖尿病の診断基準の変更に向けて準備を行っているとき、さまざまな職種の方にさまざまな質問をされたことから始まりました。 75gOGTTの1点異常は軽症だと思っている方もいました。負荷前だけが異常値の場合、糖尿病内科の介入が必要なのかと質問してきた方もいました。 妊娠糖尿病の妊婦が多くなることで、助産師や看護師からも、その対応をどうしようと心配や戸惑いの声が聞かれていたのも事実です。

 1点異常の妊娠糖尿病でもインスリン療法が必要な妊婦もいること。食事指導を行ってもインスリン自己注射が嫌で食事量を減らしてしまう妊婦もいること。 これらの症例を数字化してみることで、改めて1点異常の妊娠糖尿病の妊婦を決して軽症とみないこと。中でもインスリン療法の受け入れ準備への関わりは、 初診指導のときから大切であると認識することができました。

 糖代謝異常合併妊産褥婦への関わりには、さまざまな職種が必要です。私自身もまだ、妊娠糖尿病の妊産褥婦への関わりが十分とは言えません。 助産師として、また糖尿病看護認定看護師として、これからも内科・産科・コメディカルの懸け橋となって糖代謝異常合併妊産褥婦への関わりを考えていこうと思います。

【チャレンジ最前線】
GDMの産後フォローアップシステムの構築を目指して

宮越 敬
慶應義塾大学医学部産婦人科

 妊娠時の糖代謝異常診断基準改定に伴い、当院においてもGDM症例が増加傾向にあります。 2011年には当院でGDM90症例の周産期管理を行い、前年に比べ、症例数は約3倍に増加しました。GDM既往女性は将来的な糖代謝異常ハイリスク群であり、 定期的な経過観察が推奨されています。しかしながら、当院においても産後6ヶ月以内のfollow-up率は約60%であり、短期的追跡ですら不十分です。 さらに、基準改定によるGDM合併妊婦の増加に伴い、いままで以上に産後follow-upシステムの構築が期待されます。

 これまで私たちは、OGTTにおける血糖・インスリン値を用いた膵β細胞機能指標(Oral disposition index:Oral DI)をもとにGDMの病態解析を試みてきました。 最近、分娩後6ヶ月までにOGTTを再検したGDM既往女性(旧基準判定例)を対象に産後糖代謝異常の予測因子を検討したところ、 GDM診断時Oral DIにより、産後糖代謝異常のリスク評価が可能であることがわかりました(Diabetes Care 2012)。 今後、Oral DIを用いたGDM例のfollow-upシステムの構築を目指して臨床研究を継続していきたいと思います。

 また、欧米人ではGDM発症における膵β細胞関連の一塩基多型(SNP)の関与が報告されています。私たちの予備検討においても、 日本人GDMにおける膵β細胞およびインスリン感受性関連のSNPの関与が示唆されました。多数例において候補遺伝因子のSNP解析を行い、 遺伝要因という観点からも日本人GDMの病態解明に挑戦しています。

診察室だより 北から南から

東京都 駿河台日本大学病院

浦上 達彦
駿河台日本大学病院小児科学教室准教授

 駿河台日本大学病院は、東京都の中心に位置する神田、御茶の水にあります。私たちの小児科学教室は、前主任教授の北川照男先生のご指導を受けて、 腎臓、先天性代謝異常、内分泌および糖尿病を専門としており、中でも小児糖尿病の患者様の数は多く、現在160名の1型糖尿病と65名の2型糖尿病を診療しています。 患者様の多くは東京都および近県から来院されていますが、福島県や茨城県、静岡県、山梨県から来院される患者様もいらっしゃいます。 糖尿病外来は、週に3回(水、木、土曜日)、浦上ほか4人の医師が担当しています。

 私たちの糖尿病診療のモットーは、チーム医療を重視し、糖尿病専門医のみならずCDEを含む看護師、栄養士などが糖尿病診療チームを形成し、 循環器医、眼科医、産婦人科医などの他部門の協力も得て、個々の症例にマッチしたオーダーメイドな医療を提供するように心がけています。 また、糖尿病を持つ患児とその家族の会である“東京なかよし会”の活動として、1982年の発足以来30年を迎えたサマーキャンプ、春の遠足、クリスマス会、 定期勉強会など多彩な行事を開催しています。

 診療においては、積極的に最新医療を患者様に提供していますが、現在50名の1型糖尿病の患者様がCSIIを使用しており、 最近ではCGMにより詳細な血糖値の変動を観察してCSII治療に活用しています。2型糖尿病では、 薬物療法として経口血糖降下薬やGLP-1関連薬などを最新の知識の下に使用しています。また小児科といえども、 成人にトランジションした症例も多く、その中で妊娠から出産に至った症例は、1型糖尿病15名、2型糖尿病7名になります。 当外来では、中学生の頃から妊娠に関する教育を行い、妊娠前管理、計画妊娠から分娩後の母児の管理に至るまで、一貫し患者教育と管理を行っています。 現在も3名が妊娠管理されていますが、妊娠中の治療では主にCSIIを使用し、いままで出産に至った22症例では新生児合併症の頻度は極めて少なく、良好な成績をあげています。

日本糖尿病・妊娠学会 会報 一覧へ ▶

© 1985-2024 一般社団法人 日本糖尿病・妊娠学会