一般社団法人 日本糖尿病・妊娠学会

会報 2006 April Vol.8 No.1

【巻頭言】
現在の子どもたちの問題は胎児期から

内山 聖
新潟大学医学部小児科教授

 文部省が小中学生の肥満統計を取り始めた35年前、肥満男児は小中学校を通じ1〜3%しかおらず、小児の肥満がまだ珍しい時代であった。小学校高学年の11%以上が肥満で、しかもまだ増え続けている現状からは隔世の感がある。肥満は心血管系疾患の主要な危険因子であるほか、小児においても高血圧、高脂血症、糖尿病などの代謝異常を高頻度に合併する。また、私どもの調査では、高度肥満の小中学生には不登校が多く、ますます家に引きこもって過食になりがちで、肉体的にも精神的にも病んでいる子どもが多い。小中学生の心身の健康を守る上で、肥満対策は極めて重要な位置を占めている。

 肥満は直接には本人の自覚や食行動、運動習慣によるが、小児期は保護者が本来の役割を果たしていないことも一因である。20年近くも前の総務庁調査でも、すでに3分の1の子どもがおやつを好きなときに好きなだけ食べていた。学習研究社『学研版<小学生白書>2003-2004年小学生まるごとデータ』によると、半数以上の小学生がおやつの種類を自分で決めている。おやつは、本来、三度の食事をバランスよく摂れない子どもの栄養補給に必要という考えがあり、保護者の助言や指導が欠かせないが、子どもがおやつを選ぶ基準はテレビコマーシャルの影響がもっとも大きいという。また、高度肥満では、家庭そのものの機能が崩壊している例をしばしば経験する。ファーストフード、おやつ、ソフトドリンクの食生活を繰り返した結果、血糖値が1,100?/dlを超え、1週間意識が戻らなかった小学生もいた。

 肥満をはじめとする生活習慣病の発症要因として、近年、日常の生活習慣に加え、胎児期の栄養状態に成因を求める研究が多く報告されている。胎児に十分な栄養がいかないと、将来、心筋梗塞や高血圧などの生活習慣病が多く発症することが疫学的に明らかにされ、動物実験の成績でも確かめられている。逆に、出生体重が大きすぎたり妊娠母体に高血糖があったりしても、児は将来、肥満や糖尿病などになりやすい。新潟で第19回日本糖尿病・妊娠学会を開催させていただいた折、前理事長 大森安恵先生のご尽力で、Pettitt博士の講演を拝聴する機会を得た。米国アリゾナ州に住むピマ・インディアン族を対象にした息の長い疫学研究で、妊娠中に糖代謝異常があると、児は将来、肥満や糖尿病を発症するリスクが高まり、出生体重(低体重、過体重)や人工栄養がこの傾向を助長する。そして、女児が将来妊娠すると、母親と同じ異常を繰り返し、次の世代を次々に巻き込んだ悪循環を繰り返す。Pettitt博士は具体的な自験データを示し、説得力に溢れた感銘的な講演であった。

 私どもの検討では、3歳時の血圧も出生体重の影響を受ける。小さく生まれて3歳時の体重がもっとも大きいグループの血圧がもっとも高く、大きく生まれて3歳時の体重がもっとも小さいグループの血圧がもっとも低かった。また、肥満小児で血圧が上昇する機序として、高インスリン血症/インスリン抵抗性がもっとも関係しており、最近の検討では、より小さく生まれて内臓脂肪をより多く蓄積した小児ほど、高インスリン血症/インスリン抵抗性をきたす可能性が高かった。現在、インスリン抵抗性はメタボリックシンドロームの元凶とされており、胎内環境もインスリン抵抗性を介して小児の生活習慣病、さらには成人の生活習慣病に色濃く影を落としている。

 私どもの小児科病棟には、2型糖尿病で短期教育入院する高度肥満者がいる一方、摂食障害の女子が常に数名入院している。必ずしも同じ病態ではないものの、最近の若い女性のダイエット志向や偏った食事習慣は憂慮すべき風潮といえる。小児期から適切な食事習慣の重要性を教育し、妊娠中を含め生涯を通じ実践させることが、本人だけでなく次世代の生活習慣病予防に不可欠である。

大森賞を受賞して

加治屋 昌子
上ノ町・加治屋クリニック

 この度は、第21回日本糖尿病・妊娠学会において栄誉ある大森賞をいただき、ありがとうございました。私は内科医ですが、鹿児島市立病院産婦人科の先生方をはじめ多くの産科の先生方のご指導、ご助言のお陰で、今回の仕事をまとめることができたと諸先生方に深謝申し上げます。

 妊娠糖尿病妊婦を非妊娠時であれば、

  1. 糖尿病と診断される群、
  2. 糖尿病型に当てはまる群、
  3. それ以外の群

に分け、各々において児予後や出産後の耐糖能について調査しました。妊娠前より耐糖能低下があった可能性のある妊婦(1、2)は児の予後が悪いことがわかり、臨床の場で留意すべきことと考えました。出産後の耐糖能において、1、2の中に産後糖負荷試験が正常型を呈する症例があり、これが妊娠前より耐糖低下があった可能性のある妊婦イコール2型糖尿病と言っていいのか迷う要因の一つと考えられました。妊娠糖尿病の実態を明らかにしていく上で、出産後の糖負荷試験を必ず行うことと、症例の長期フォローがとくに大切であると考えます。しかし現状では十分になされていないことが反省させられます。

 今回の受賞を励みに、症例の積み重ねを地道に行っていきたいと思います。今後ともご指導のほど、どうぞよろしくお願い申し上げます。

田中 佳代
久留米大学医学部看護学科

 この度は、第21回日本糖尿病・妊娠学会におきまして栄誉ある大森賞をいただきまして大変光栄に存じます。誠にありがとうございました。大森安恵先生、中林正雄先生をはじめ選考委員の先生方、多くの諸先生方に厚く御礼を申し上げます。

 また、調査にご協力下さいましたNPO法人日本IDDMネットワーク、各糖尿病患者会の皆様に深く感謝申し上げます。何より、記載しがたい内容であったにもかかわらず調査にご協力下さいました1型糖尿病を持つ女性の皆様に心から感謝いたします。

 1型糖尿病を持つ女性は日々の生活の中で、月経・性生活や妊娠・出産を健康的に過ごせるために、血糖コントロールと両立できるスキルを身につけなければなりません。しかし、性に関する系統だった教育や気軽に専門家に相談できる窓口等の支援システムはまだ整っていないのが現状です。本研究は、1型糖尿病を持つ女性のリプロダクティブヘルス(性と生殖における健康)におけるQOLに影響を及ぼすと考えられる因子を、ヘルスプロモーションのモデルであるプリシード・プロシードモデルに照らして抽出し、それを検証するための調査を行い、問題の構造化を試みました。今後、この結果を基に支援システムの構築を検討していきたいと思います。

 糖尿病を持つ女性自らが、リプロダクティブヘルスにおけるQOL向上に向けてのエンパワーメントをできるために、微力ではありますが、努力して参りたいと存じます。今後ともご指導・ご支援を賜りたくよろしくお願い申し上げます。

診察室だより 北から南から

国立成育医療センター

荒田 尚子(総合診療部成人期診療科)

 国立成育医療センターは、病床数500床、1日外来数900人の病院と研究所から成り、成育医療(小児医療、母性・父性医療および関連・境界領域を包括する医療)の確立と推進を理念として、2002年3月に設立されたナショナルセンターです。東京23区の西の端に位置し、センターのある世田谷区のほか、近隣地域より患者さんは来られています。分娩件数は開院以来毎年増加しており、2004年度は1,526例の分娩実績があります。当センターの特質としては、高リスク妊娠が多く、母体年齢も35歳以上の高齢妊婦率は37%、40歳以上の高齢妊婦率は7%と、高齢妊婦さんが多いのも特徴です。

 開院準備段階から、母性内科の村島温子医師が耐糖能異常合併妊娠の管理に力を入れており、開院以来、妊娠糖尿病44例、糖尿病合併妊娠20例を経験しています。私は、2004年6月に当センターに内科医として赴任し、以来数多くの耐糖能異常合併妊娠に携わらせていただいていますが、耐糖能異常合併妊娠も年々増加してきているように思います。このセンターで経験しました糖尿病合併妊娠の多くは、残念ながら妊娠して初めて診断された糖尿病であり、急速な網膜症の出現・進行例を2例、児の尿路奇形1例を経験し、妊娠前の糖尿病スクリーニングの重要性を改めて思い知らされました。

 当センターでは、専門科枠を超えたチーム医療をその理念の一つとしており、医師間のみならず、助産師、専門ナース、栄養士などがチームを組み、最適な医療を提供できるよう日々努力を続けています。

 まだまだこの分野では不勉強なことが多く、日本糖尿病・妊娠学会の諸先生方にはこれからも突然の質問をさせていただくかと思います。その際にはどうぞよろしくお願いいたします。

第5回妊娠糖尿病に関する国際ワークショップ会議に参加して

安日 一郎
国立病院機構長崎医療センター産婦人科

 5回目を迎えた国際妊娠糖尿病ワークショップ会議は、前回から約8年ぶりの2005年11月11日から3日間、ホワイトソックスのワールドシリーズ制覇の余韻の残るシカゴで開催されました。

 同会議は、米国糖尿病学会の公認サテライト学会として、妊娠糖尿病(GDM)の病態、疫学、診断基準、スクリーニング法、管理指針等々、GDMにあらゆる側面からアプローチする国際学会です。2日目の夕方に、病態・疫学、診断・管理、長期フォローアップなどに分かれてグループ討論を行い、その到達点をまとめて最終日の全体討論を得て、summary & recommendationとしてまとめられました。糖尿病専門医、産科医、新生児科医、栄養士、糖尿病専門看護師、基礎研究者など、GDMにかかわるあらゆる分野の人々が討論に加わり、その成果が臨床の現場に役に立つ具体的なstatementとなります。その勧告は、これまで世界の「糖尿病と妊娠」の臨床をリードする役割を果たしています。

 今回のトピックスは、妊婦の薬剤治療に関するインスリンアナログ製剤と経口血糖降下剤の使用についてでした。インスリンアナログ製剤については、超速効型のlisproおよびaspartは胎児に対して安全で妊娠中の使用に問題がない。しかし、持効型のglargineおよびdetemirは、現時点では胎児に対する安全性のエビデンスに乏しく、妊娠中の使用は勧められない。経口糖尿病治療薬については、glyburideは胎盤通過性がなく、胎児の安全性に関するエビデンスの集積も十分で、妊娠中の使用は容認できる。一方、metoforminについては十分なデータがなく、現時点では推奨できない(オーストラリアで多施設RCTが進行中である)、等々でした。

 もう一つのトピックスは、HAPO(Hyperglycemia and Adverse Pregnancy Outcome)Studyの現在の進行状況の報告でした。妊娠中のどの程度の母体高血糖が周産期異常と関連するのかを第1の目的とした国際多施設RCTです。"Outcome based"のGDMの診断基準を再設定するという成果が期待されており、2005年9月現在、約3万人の妊婦が登録され、すでに2万人が分娩を完了しています。最終報告は2008年の第6回の本ワークショップ会議で報告される予定です。2008年、再びシカゴでお会いしましょう。

日本糖尿病・妊娠学会 会報 一覧へ ▶

© 1985-2024 一般社団法人 日本糖尿病・妊娠学会