脂肪燃焼や糖の取り込みを促すホルモン「アディポネクチン」とその受容体を活性化することで、運動と同じ効果を得られる可能性があることを、東京大学医学部の門脇 孝教授や山内敏正准教授らの研究チームがあきらかにし、科学誌「Nature」電子版に発表した。高齢や過度な肥満などで運動できない人向けの薬の開発につながる研究成果。
アディポネクチンは脂肪細胞から分泌されるホルモンで、2型糖尿病やメタボを改善する善玉ホルモンと考えられている。標準的な体格の人の血液中には多くみつかるが、2型糖尿病や内臓脂肪型肥満の人では出にくくなることが知られている。
日本でも、脂肪の多い食事や運動不足によって、肥満やメタボが増加している。肥満になるとエネルギー代謝に関わるミトコンドリアの量や機能が低下する。アディポネクチンと受容体を介しミトコンドリアの働きを活性化すれば、運動したときと同じような効果を得られるとい
う。
食事と運動がミトコンドリアの量や機能を改善
メタボや2型糖尿病を予防・治療するために、もっとも大事なのは食事療法と運動療法。食事療法は体が必要とするエネルギーを過不足なく摂取するのが基本で、運動療法は適度な有酸素運動と、筋肉の持久力を増進させるような運動が基本とな
る。
なぜ食事と運動が肥満や糖尿病の治療になるのかは、科学的に解明されている
――
- 運動を習慣として行うことで、長寿遺伝子「SIRT1」が活性化される。SIRT1は「腹八分目」の言葉通り、適正なエネルギーを摂取することでも活性化される。さらに、運動をすると筋肉にある「AMPキナーゼ」という酵素が活発に働くようになる。そうするとインスリンとは別の経路で、筋肉に糖が取り込まれるようになる。
- ミトコンドリアは細胞内でエネルギー代謝を担う小器官。運動がもたらすさまざまな作用により、筋肉細胞内の働きを調整する「PGC-1α」という物質とミトコンドリアの活性と量が向上し、糖代謝や脂質代謝が改善される。PGC-1αはミトコンドリアを構成する分子で、遺伝子の転写を制御する働きをしている。
- これまでミトコンドリアの量や機能については、PGC-1αが重要な役割を果たしていることが分かったいたが、なぜ肥満に伴いPGC-1αやミトコンドリアの量や機能が低下するかは、よく分かっていなかった。
そこで研究チームはこれまでの研究で、筋肉細胞で起きている代謝の仕組みを分子レベルで解析。細胞表面にある蛋白質(受容体)にアディポネクチンがくっつくと、細胞内に信号が伝わりミトコンドリアの働きが強まるのを発見し
た。
アディポネクチンと受容体の働きが大きい
研究チームはさらに、アディポネクチンとその受容体が、肥満に伴い低下することから重要な役割を担っていると考え、研究を重ねた。アディポネクチン受容体を欠損させたマウスを作り、正常なマウスと比べた。受容体が働かないマウスでは、血糖の取込みや脂肪燃焼のほか、運動持久力も低下しており、糖尿病やメタボの状態になった。
受容体を活性化することで、PGC-1αとミトコンドリアの量と機能が改善し、代謝と運動持久力が高められ、脂肪酸燃焼や糖の取り込みが促されると結論付け
た。
糖尿病を治療するために、もっとも大事なのは食事療法と運動療法を続けること。しかし患者の中には、高齢や足腰をいためているなどの事情があり、思うように運動をできない人もいる。
筋肉細胞で働いて糖や脂質の代謝を高めて体内での燃焼を進め、運動したのと同様の作用を果たす仕組みを活性化する薬を開発できれば、薬を飲んだだけで運動をしたのと同様の改善効果が期待できるようになる。
研究を発表した東京大学の門脇孝教授と山内敏正特任准教授の研究チームは、数年後の臨床応用を目指し、今後も薬剤開発を進めるとしてい
る。
東京大学医学部附属病院
[ Terahata ]