私の糖尿病50年-糖尿病医療の歩み

06.連理草から糖尿病の錠剤ができた

1. 糖尿病治療薬の探求
 当時ドイツ領だったストラスグルグの大学で実験的膵摘糖尿病を発見した Minkowski はその後ブレスラウ大学(現ポーランド領ブロッラフ)の内科教授となった。熊谷岱蔵(1880-1962)は東京帝国大学卒業後ベルリン大学内科で免疫学、ブレスラウ大学で細菌学、最後に膵より抗糖尿病因子の抽出に取り組んでいた Minkowski の教室で内科学を研究して1913年帰国、翌年東北帝国大学内科学教授となった。スタッフがそろうのを待って1916年抗糖尿病因子抽出の研究を開始した。有効因子を手にしたのはトロント大学の Banting、Best と前後したが、その発見は Banting、Best のものとなった。インスリン発見後、糖尿病研究者の関心は経口治療薬に向けられた。Frank E ら(1926)はグアニジン化合物ジンタリンを開発したが、毒性のため中止された(図1)。

図1 ジンタリンの構造式

グアニジン

ジンタリン

メトホルミン
中世のヨーロッパでは重症糖尿病の高度の排尿がフランス ライラックの服用で軽減するといわれたが、それにはグアニジンが含まれていることがわかった。
Watanabe CK(1918)はグアニジンに血糖降下作用を認め、ブレスラウの Frank ら(1926)は Synthalin(decamethylene biguanide)を合成し、胃腸障害が強いのでさらに Synthalin B を合成したが、肝毒性のため中止された。Ungar G ら(1957)はビグアナイド剤 phenethylbiguanide を開発しフエンホルミン(DBI)として用いられたが、乳酸アシドーシスを起こすので中止、現在はメトホルミン、ブホルミンが広く用いられている。

 カナダのCollip JB は酵母、ちさ、玉ねぎ葉などから血糖降下物質の分離を試みた。熊谷らは鶏卵、魚卵、牛乳、ゴマ、大豆、カキの臓器など多くのものについて探索し、連理草が糖尿病の民間薬として用いられていることから、樺太(サハリン)に野生している連理草(エゾレンリソウ)をとりよせ、その茎、葉の抽出物に血糖降下作用のあることを認めた。仙台近郊の連理草にはその効果が少なかった(図2)。

図2 エゾレンリソウとレリン

A エゾレンリソ
B エゾレンリソ C レンリソ

D エゾレンリソ

E レンリソ
レリンソウは草丈50〜70cm、花期5―7月、エゾレンリソウは6―8月。A、B、Cは東北大学植物園津田記念館所蔵(東北大学植物学科卒の実業家津田弘氏が大学所蔵の約45万点の標本館を寄贈、糖尿病で失明されてから母校の大学病院に入院された)。D、Eの写真は佐竹義輔他(編)、日本の野生植物、草本、平凡社、東京、1982年より。(東北大学大橋広好名誉教授のご教示による。)
2. 活性蓚酸からメゾ蓚酸へ
 連理草の有効成分は理学部藤瀬新一郎により蓚酸と同定された。しかし市販の蓚酸には抽出物の100分の1の血糖降下作用しかないので蓚酸とは異なる活性蓚酸と考えられた。東京大学薬理学の小林芳人はこの物質に注目し、薬学の近藤平三郎らの協カを得てそれはメゾ蓚酸であり、無味無臭の安定な白色粉末のカルシウム塩を得ることができた(図3)。アロキサン糖尿病家兎を用いた実験で病態の改善効を認めた。

図3 メゾ蓚酸の構造式

蓚酸

メゾ蓚酸
メゾ化合物は分子の中に二つ以上偶数個の鏡像異性(chiral)な原子団をもっていて分子としては対称性をもつ非鏡像異性な構造の化合物(生化学辞典、東京化学同人による)。
3. 臨床治験から研究班結成へ
 1951年より東北大(黒川利雄)、国立東京第一病院(坂口康蔵)、東京大(葛谷信貞)、慶応大(山口与一)、神戸医大(竹田正次)の5施設で臨床治験が行われた。東北大黒川内科では筆者らが20例に使用し尿糖排泄量の減少などを認めたが著効例はなかった。また対照9例について食事療法だけで15〜30日経過観察し尿糖量が50%以上減少することを認めた(治療37巻8号)。5施設の成績をもとに1953年文部省研究班「糖尿病の化学療法」(班長東京大薬学近藤平三郎)が結成された。製品化に当たって引用された症例数は大阪大吉田内科61例、国立東一61例、東京大沖中内科28、田坂内科15、上田内科2、東北大黒川内科27、神戸医大竹田内科16、東京女子医大15、加古川病院10、京府医大7、名大山田内科4、沼津市立4、九大児玉ら3、日生病院3、和歌山医大1の計257例で、1955年より塩野義製薬 KK よりメゾキサンとして市販された( 図4)。

図4 市販されたメゾキサン

(シオノギ製薬による)

4. メゾキサンの効能
 メゾキサンの効能書きには、インスリン分泌を促し、血糖、尿糖を低下させ、膵島肥大、β細胞数増加、核の膨大によりインスリン生産能力を回復し糖尿病の根治が期待され、必要以上に血糖を低下させることなく低血糖や肝機能障害の心配はない、と記されている。社内資料には肥満型軽症には優れた効果が期待でき、大量のインスリンを必要とする症例にはインスリンとの併用が必要と記されている。
 メゾキサンと前後してドイツから血糖降下作用の明確な BZ55(Blutzucker 1955)のカルブタマイドが輸入され、つづいて D860 のトルブマイドが輸入された。メゾキサンは主として軽症糖尿病を適応として1970年頃まで使用された。

 熊谷は結核の研究者として知られ1952年文化勲章を受章されたが、その門下の海老名敏明は次のように記している。
 1948年の退官まで30年以上糖尿病治療薬の探求に取り組まれた先生の強靭な意志と飽く事のない研究心には只々敬服するほかない。それでも内外の専門書に熊谷の字を見出すことは困難である。研究と言うものはそれ程厳しいものである。

(2003年06月03日更新)

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