国際糖尿病支援基金 トップページへ メールマガジン無料登録

Error loading images. One or more images were not found.

ガザ地区に暮らす1型糖尿病の子どもたちの今
~4人に3人がインスリン療法に支障を来している~

gaza2.jpg

 今般のパレスチナ・イスラエル戦争は、2023年10月7日に始まり、既に2年半が経過しました。最近になってようやく停戦合意というニュースが流れてきたと思ったら、数日後に再び大規模な戦禍が発生するといったことが繰り返されています。パレスチナ・イスラエルの人々の安寧な暮らしは、残念なことに、まだしばらく先のことなのかもしれません。



gazamap.jpg

 戦争は、弱者に、より過酷です。
 年齢でいえば成人よりも子どもや高齢者、性別でいえば男性よりも女性にとって過酷であり、疾患のある人はそうでない人より過酷な状況に直面します。糖尿病のある人もそうであり、日々の治療が命に直結する1型糖尿病の患者さん、とくにお子さんは、より強い影響を受けるであろうことが想像に難くありません。
 現在進行中のパレスチナ・イスラエル戦争におけるその実態が、世界保健機関の東地中海地域事務局(WHO EMRO)発行の医学専門誌に掲載されました。その要旨を紹介します。

論文タイトル:
Exploratory study of the impact of war on management of type 1 diabetes mellitus among children in Gaza
ガザの1型糖尿病の子どもたちの疾患管理における戦争の影響に関する探索的研究
Eastern Mediterranean health journal. 2025 Mar 3;31(2):109-115.
doi: 10.26719/2025.31.2.109.

戦時下のガザで1,000人の1糖尿病患者さんが生きている

 この論文は、ガザ地区に暮らす未成年1型糖尿病の人たちに対して、戦争の影響をオンラインアンケートで調査し、その結果を解析して報告したものです。まず、研究の背景情報の一部を抜粋してみます。ガザ地区の過酷さが伝わってきます。
 例えば、国連人道問題調整事務所の最近の報告書では、2023年10月7日以降、4万1,020人のパレスチナ人が死亡し、9万4,900人以上が負傷したと推定され、36の病院のうち19カ所が閉鎖され、17カ所が部分的に機能しているにとどまっているとのことです。また、生後6~23カ月の子ども、および女性の96%以上が栄養所要量を満たしておらず、約35万人の慢性疾患患者が必要な治療を受けられず、その中には7万1,000人の糖尿病患者、1,000人以上の1型糖尿病患者が存在しているとされています。
 改めて述べるまでもなく、1型糖尿病は日々の治療が生存のために必須であり、医療へのアクセスの制限は、高血糖、ケトアシドーシスなどの急性合併症、ときにはそれらによる命の危機に直面します。また、そのような状況が長引くほど、慢性合併症のリスクが上昇してきます。医療のアクセス制限とは、具体的にはインスリンの入手や血糖測定が困難になることであり、より広くとらえれば食料の入手困難や運動を行えないことも含まれます。

ガザで暮らす未成年1型糖尿病患者に連絡をとり、研究参加に同意した人に調査

 この研究では、ガザ地区の未成年1型糖尿病患者の疾患管理に対する戦争の影響を把握する手法として、オンラインアンケートが企画されました。調査対象は、2023年10月に、戦時下のガザに住んでいた18歳以下のすべての1型糖尿病患者さん、130人以上です。そのうちアンケートに回答し研究参加に同意した29人の患者さんや保護者の回答が、解析対象とされました。
 アンケートの質問項目は、2人の研究者(うち1人はガザ出身)が作成し、5人の専門家(栄養学専門3人、家庭医1人、糖尿病教育専門家1人)が内容を検証。パイロット研究として3人の患者さんを対象に調査を行って妥当性を確認後に、本調査に用いられました。主な内容は、年齢や性別などの社会人口統計学的データ、避難関連データ(避難場所・期間など)、糖尿病関連データ(診断年齢、罹病期間、治療内容、HbA1c、治療を受けている場所、戦争勃発後に経験した急性合併症など)といったものでした。

開戦前の糖尿病治療と、開戦後の生活の変化

戦争が始まる前の治療状況
 まず、解析対象となった29人の患者さんの特徴をみてみます。性別は男子51.7%、診断時年齢は6.0±3.7歳で、1型糖尿病診断以降のケトアシドーシス発生回数は1.4±0.5回でした。  開戦前に、患者さんの79.3%はプライマリケア医で経過観察され、受診頻度は月1回超が10.3%、月1回が72.4%、3カ月に1回が3.4%で、必要なときだけ受診していた患者さんが3.4%でした。血糖自己測定の回数は1日1回超が75.9%、1日1回が10.3%であり、13.8%は自己測定をしていませんでした。

戦時下の生活状況
 戦時下での生活場所は、テントが34.5%と多くを占め、次いで家族・友人との共同生活31%、自宅27.6%、学校・その他へ避難施設6.9%でした。
 戦時中の収入源は、政府からの給付が31%、民間企業が24.1%、海外からの支援が20.7%、収入なしが17.2%などでした。

戦時下の食料困難などによって成長期にもかかわらず体重が減少
 41.4%の患者さんは、「戦争によって糖尿病治療に適した食料が入手困難になった」と回答しました。家族単位では、全体の79.3%の世帯が食料の入手困難に悩まされ、96.6%が食品の種類が十分でないと答えています。
 一方、運動については、子どもの86.2%が身体活動量減少を報告しています。その理由として、17.2%が戦争の恐怖、10.3%は避難場所に十分なスペースがないこと、10.3%は食料の不足を挙げています。
 なお、この調査は前述のように18歳以下という成長期の子どもたちを対象に行われたにもかかわらず、全体の58.6%は「開戦後に体重が減少した」と回答しています。開戦前からの体重減少幅は2.6±2.7kgと推定されました。

戦時下の1型糖尿病治療

4人に3人が薬剤の変更を要し、4人に1人はインスリンを減量
 では、戦争が始まってから糖尿病治療がどのように変化したかをみていきましょう。
 ほぼ8割(79.3%)の患者さんは、「戦時下で適切な糖尿病治療を受けることができない」と述べています。それでも、戦時下で何らかの医療を受けた少数の患者さんでは、その10.3%が糖尿病の急性合併症のための入院でした。また、3.4%の患者さんは電話での医療相談のみを受けることができ、6.9%は薬を受け取っただけでした。
 全体で4人に3人以上(75.9%)が、糖尿病用薬を開戦前と同じようには入手できておらず、治療法の変更を要していました。そして、約4人に1人(24.1%)は、インスリン使用量を減らすという対応を要していました。

戦時下の血糖コントロールの悪化、急性合併症リスクの実態
 開戦後、58.6%の患者さんが血糖自己測定を行えていないことも明らかにされました。また、同じく58.6%の患者さんが、血糖試験紙を入手できないと回答し、27.6%は試験紙の価格上昇を指摘して、3.4%はそれら双方を指摘しました。
 このほかにも、1人を除くすべて(96.6%)の患者さんが開戦後に糖尿病関連急性合併症を経験し、34.5%が高血糖、3.4%が低血糖、62.1%がそれら双方を経験していたことがわかりました。これら急性合併症の69%は医療処置が必要と判断される状態でしたが、医療施設にたどり着くことができたのは60%にとどまっていました。

戦争は、1型糖尿病患者の生命を脅かす結果をもたらし得る

 著者らは、本研究の限界として、解析対象者数が少ないこと、自己申告に基づく解析であることなどを挙げ、解釈上の留意点としています。そのうえで、以下のように結論をまとめています。
 「ガザの1型糖尿病の子どもたちは今、適切な糖尿病治療を受けることができず、食料不安を経験し、医薬品が不足していて、血糖コントロールが不十分な状況にある。戦争は、1型糖尿病の患者の生命を脅かす結果をもたらす可能性がある。我々の研究結果は、紛争のために医療へのアクセスが制限されている人々、とくに1型糖尿病患者の疾患の管理を優先する必要性を強調するものである」。
 現在、パレスチナ・イスラエル戦争だけでなく、ロシア・ウクライナ戦争も長引いています。戦時下で、今もミサイル攻撃の恐怖に怯え、かつ糖尿病を十分に治療できないことの恐怖に苛まれている患者さんたちを思うと、1日も早くこの災禍が終結することを願わずにいられません。

編集:国際糖尿病支援基金

2025年05月
国際糖尿病支援基金
  • これまでに寄せられた寄付金
    2,038万4,538円 
  • これまでに実行した支援金
    2,002万4,737円 

(2025年06月現在)

国際糖尿病支援基金とは
国際糖尿病支援基金の活動
English
最近の情報

国際糖尿病支援基金が支援する団体
  Insulin for Life
    (IFL:オーストラリア)の活動


  DreamTrust(インド)の活動
  Fundacion Vivir con Diabetes
    (FUVIDA:エクアドル)の活動


  Diabetes Kenya Lifeline
    (JAMBO!:ケニア)の活動

わが友、糖尿病