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イスラム教の糖尿病患者とラマダン時の断食について

2012年08月

     世界に目を向けると、糖尿病であることがハンデではないかと考えてしまうことが幾つかありました。そのうちの一つが、「もし、自分自身がイスラム教徒であったら、ラマダン月に断食を実行できないのではないか?」ということです。

    イスラム教では、イスラム歴(太陰暦が元)の9番目の月に断食をすることが定められており、病気を 持つ人や事情があって断食を実行できない人、子供を除き、夜明けから日没までの日が出ている間は、飲食を控えなければなりません。

    特にインスリン治療が必要な1型糖尿病患者は、病人として断食を免除されるのかということが疑問の一つでした。今までも、国際糖尿病連合(IDF)の機関誌などで記事は読んでいたものの、今一つ、疑問は解消されないままでした。

    2011年よりケニアで生活を始めてからイスラム教徒と接する機会が増えました。ここにイスラム教徒である友人のガンマン・モハメド医師が執筆した「糖尿病患者がラマダンの断食を実行するにあたっての注意点」についての論文をご紹介します。

    ガンマン医師は、自身も1型糖尿病患者で、現在はケニア市内の病院で糖尿病専門医として勤務する傍ら、自らクリニックも運営しています。


    彼の医師としての立場から、そして患者としての立場から断食を実行した経験をもとにした論文を拝見し、疑問を少し解消できたような気がします。

                                                                                                                                       

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糖尿病と断食

ガンマン・モハメド医師

 

   全世界で19億人を超えるイスラム教徒が毎年、最も神聖であるラマダンを祝います。ラマダンは太陰暦であるイスラム歴の9番目の月に当たります。この間、イスラム教の教義に従い健康な成人の教徒は日が出ている間は断食を行います。

  イスラム教の断食とは、ラマダン月に当たる月の28日から30日の間、夜明けから日没まで飲食も性的関係を持つことも控えなくてはなりません。断食中は、非道徳的な行為や怒りの感情を示すことを避け、他人への思いやりを示すことが求められます。断食を経験することは、イスラム教徒に自己鍛錬の機会を与え、貧困や病、飢えに苦しむ者たちの苦境を気付かせる意図があります。

  多くのイスラム教徒の糖尿病患者がラマダン月に断食を行うことを望んでいるため、糖尿病とラマダン中の断食は世界的な問題となっています。イスラム教では、糖尿病のような慢性疾患を持つ患者に対し、断食が健康に影響することがあると思われる時は、断食を免除できることを明言しています。
   しかしながら、多くの糖尿病患者は他のイスラム教徒と同様に断食を実行したいと望んでおり、医師の助言なしに断食を行なってしまうことが少なくありません。
その結果、稀にケトアシドーシス、低血糖、脱水症といった急性の合併症を引き起こすこともありますが、それでも糖尿病患者自身は断食を実行しても問題はないと思っていることが多いようです。

    イスラム教徒の糖尿病患者と接する医師の多くは、断食中の薬物・食事・運動療法をしっかりと指導をしなくてはならず、断食を行うことが患者にとって安全であるかどうかアドバイスをすることの困難さに直面します。


糖尿病患者の断食による代謝への影響

     断食がどの程度、糖尿病患者へ影響を与えるかについて、様々な研究報告があります。
主治医から断食に対して適切な指導を受けた場合、血糖値やHbA1cへの著しい変化
、低血糖の危険性はあまり見られません。

断食が体重や血清脂質に与える影響についての研究は、未だ議論の余地があります。なぜなら、これらの数値は断食中の運動や食事内容、個々の食習慣によって結果が異なる可能性があるからです。
医療関係者からのアドバイスを受けずに断食を行った場合、服薬量や服薬のタイミングを誤った時に低血糖・高血糖・脱水症・ケトーシスの危険性があります。


糖尿病患者のための断食ガイドライン

    医療関係者による監督の下で断食を行った場合でも、断食は全ての糖尿病患者にとって血糖コントロールの乱れや脱水症、血圧上昇や自律神経への影響で急性心疾患等のリスクが高まることを忘れてはいけません。
断食を実行するにあたり、今までの療養生活を見直すために主治医と相談をしなくてはなりません。主治医は患者に対し断食によって生じる様々な合併症について説明し、服薬(インスリン注射)や、食事療法について必要な情報を提供しなければなりません。
これらの事項は、患者が断食の最中に不測の事態を起さないために、ラマダン中の過ごし方を分かりやすく説明する必要があります。

 

断食に先立ち熟考するポイント

1.糖尿病患者の健康状態が良好と評価できるか。

2.栄養代謝管理について良好と評価できるか。

3.患者自身がイスラム教の教義や儀礼を把握しているか。
宗派による断食中の飲食のしきたりや、教義や儀礼に対し対応ができるか。


4.服薬(インスリン注射の回数や時間など)の調節。
(低血糖を起こす可能性がある場合はインスリンを持続性のものから速効性のものに変更することが望ましいと思われる。)

5.適度な運動を勧める。

6.脱水症、低血糖、その他生じる可能性のある合併症の症状を認識させる。


断食を避けるべき基準

1.糖尿病をあまり認識していない患者。

2.血糖コントロールが良好でない患者。

3.病状の安定しないアンギナ(狭心症・扁桃炎・咽頭炎など)や、血糖コントロールが不安定な患者。

4.過去に糖尿病性ケトアシドーシスを起こした患者。

5.食事療法、薬物療法、日常生活に関するアドバイスを守らない患者。

6.妊娠中の糖尿病患者。

7.併発感染症のある患者。

8.認知症や健康状態が良好ではない高齢者の糖尿病患者。

9.過去に断食中に2回以上、低血糖や高血糖を起こした場合。

上記の基準は、医療従事者が患者への断食の実行の可否を決めることに役立つかもしれません。

 

断食を認めて良いケース

・上記の「断食を避けるべき基準」に該当しない患者。

インスリン療法を行っていない肥満・体重過多の患者で、病状が安定している患者。

 

断食中に糖尿病患者に推奨するもの
全ての糖尿病患者は断食の可否について、主治医からのアドバイスに従わなければなりません。以下は、断食の際に実行しなければならないことです。

1. 合併症を進行させないための健康上のアドバイス
断食中の自己管理の徹底
・血糖自己測定と尿糖測定の実施。
・体重測定の実施(増減を毎日測定する)。
・食事内容の記録。これによりエネルギー消費の超過や過少を防ぐことができる。
 

2.教育指導
    断食にあたり、糖尿病患者は脱水症状、低血糖、高血糖を認識しなければなりません。上記の症状や兆候があらわれた場合は即、断食を中止し、医師へ相談をしなければなりません。

3. 栄養
    日没後に1日分の食事を1回で摂るなどの過剰摂取はお勧めできません。なぜなら、高血糖や体重増加を引き起こす可能性があるからです。断食をすることにより得られるイスラム教の悟りは、適切な食事療法を維持できることにより得られるものです。血糖コントロールを最適化するために糖尿病患者は断食を行っている間、高カロリー食、高度に精製された白砂糖・精白米や精白麦粉といったGI値の高い食事等は控えなければなりません。

3. 運動と断食
   運動を行うことは血糖管理として有益であるため、断食中も適度の運動は良いとされています。
ある研究によると、断食中に運動を控えめにするより、食事療法や経口血糖降下剤を服用している患者にとって、適度な運動は良いとしています。つまり、食事を抜くからと言って運動療法は控えることなく、継続して良いという意味です。

4. 治療の管理
    1型・2型糖尿病ともに、断食中の血糖コントロールを良好に保つために、徹底した治療の調整が必要となります。治療の調整とは、食事の摂取や運動の方法を通常と変更する必要があります。

5.インスリンを使用している患者
    1型糖尿病患者の場合、断食は医療従事者による管理の下、血糖コントロールが良好で定期的に血糖値を測定することができる患者に限られます。これまで、1型糖尿病患者には、様々な薬物療法が提案されてきました。

(1)インスリンは1日3回注射をします。食前に2回(夜明け前と日没後)速効性のインスリンを注射し、1回は夜に中間型インスリンを注射します。ある研究によれば、1型糖尿病患者が適切に血糖自己測定を行い、医療従事者監督の下、インスリンを数回に分けて注射することは、低血糖等の症状を起こしにくい。と考えられています。

(2)朝食前と夕食前のインスリン注射時には、速効性インスリン、もしくは中間型インスリンの組み合わせが良いとされています。朝食前と夕食前に毎日2回インスリンを注射することは、アナログインスリンのリスプロ、もしくは通常のヒトインスリンとNPHインスリンを混合したものを注射する方法がありますが、通常のインスリンと比べリスプロを使用した方が、食後血糖の変化が改善されることと低血糖のリスクが明らかに軽減されることを示しています。
この報告は、ラマダン中はリスプロインスリンの使用が適していることを示唆しています。

(3)朝食と夕食をカバーするため、ベーザルの注入割合を減らし、ボーラスの割合を増やすようにアドバイスされます。

いずれにしても、定期的に血糖測定を行うことは、断食中にインスリン量を調節するためと、低血糖などの症状を避けるためです。日没後は、食前・食後3時間、夜明け前食前の1日3回、血糖測定をしなくてはなりません。


低血糖時の経口補給
    入手可能な報告書によれば、肥満の2型糖尿病患者の断食は、あまり問題となることは無いと言われています。低血糖を起こす要因である服薬量を適切に調整すれば、低血糖・高血糖を起こす危険は少なくなります。断食中にグリベンクラミドを服薬している患者について、最も大規模な経口薬物の研究では、朝 服薬している分を日没後の食事の際に変更することを勧めています。しかしながら、断食中は、速効性のある経口薬物が望ましいとされています。レパグリニドとグリメピリドに関する様々な研究によれば、原則として、どんな効果的な薬剤も患者の病状が安定しているかにより、使用することができるとしています。


結論
    主治医が断食可能と判断し、しっかりとした管理の下であれば、1型糖尿病患者が断食を行うことは可能であると、多くの著書によって論じられています。糖尿病患者にとって断食を成功させるために必要な三本柱は、(1)薬物療法、(2)食事療法、(3)日常生活の調節です。
    全ての糖尿病患者は、断食をすることが可能な状態とすることと、薬物療法について必要なアドバイスを受けるために主治医と相談しなければなりません。   

                                                                                                                                       
 
    今後、日本でもイスラム教徒の人口は増えることが予測され、それに伴いイスラム教徒の糖尿病患者も増えることが予測されます。

    非イスラム教徒の立場からすると、「糖尿病患者は断食が免除されるのだから血糖コントロールを優先し、断食はすべきではない」、「病気により辛い断食を免除されるなら、むしろ、良いのではないか」と思ってしまうのでしょうが、イスラム教徒にとって「教義の実行」は、精神的に非常に重要なことなのです。

    教義を実行しないと、天国に行くことができないという精神的なプレッシャーや、他のイスラム教徒と同じことができないという罪悪感を感じてしまうようです。


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