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運動をやっていい人、いけない人/メディカルチェック(前半)
 運動療法は、正しく行えば糖尿病改善のための有効な治療法ですが、誤って行うと十分な効果が得られないだけでなく、病状を悪化させることや、膝や腰を痛めるなど、健康を害する恐れがあります。患者さんにとって運動は、やり方次第では、薬にも毒にもなり得る「諸刃の剣」の性格を持ちあわせているのです。
 そのため、運動をして良いかどうかや運動の強度を決めるためには、メディカルチェックを行います。メディカルチェックによって、患者さんの病状や合併症、併発症などをしっかり把握し、運動に伴うリスクを避けるよう配慮をしたうえで、個々の患者さんに合った運動プログラムを積極的に指導することが大切です。
 そこで、本連載の第2回では、「運動療法の適応や禁止」や、「運動療法開始にあたって行うメディカルチェック」について触れていきます。
医師が患者さんに問診しているところ
■運動によるリスクと運動の制限
 発症間もない2型糖尿病患者さんや耐糖能異常(IGT)の方では、食事療法と運動療法を併用して行うことが、治療方法の第一選択となります。一方、糖尿病合併症が進行した人や、他の疾患がある患者さんでは、運動の強度や種類を制限したり、禁止したりすることが必要な場合もあります。
 運動療法は、この連載第1回で述べたように継続することによって糖尿病の病状の改善につながる効果が期待できます。しかし、適応を誤ると、運動を行うことで、かえって病状が悪化することや、新たな合併症を引き起こすことにもなりかねません。
特に、進行した糖尿病合併症がある患者さんでは、運動のメリットよりも、下記の表にあるような、リスクが増大してしまうこともありますので注意が必要です。

糖尿病患者さんの運動に伴う様々なリスク
代謝系に生じるリスク ・高血糖やケトーシスの悪化
・薬物療法中の場合の低血糖
細小血管系に生じるリスク ・眼底出血
・蛋白尿の増加
・神経障害
大血管系に生じるリスク ・虚血性心疾患(狭心症、心筋梗塞)や不整脈の誘発
・運動中の急激な血圧上昇
・運動後の起立性低血圧
筋骨格系に生じるリスク ・足潰瘍、足壊疽などの糖尿病足病変
・シャルコー関節の進行
・変形性足関節症の進行

 運動によって生じるこれらのリスクを避けるためには、下記のような患者さんでは、運動療法の禁止や制限が必要です。これらの患者さんでは、各専門医の意見を求め、病状に応じて日常生活行動のみを許可するなどの配慮が求められます。

●運動療法を禁止したほうがよい場合(運動療法の絶対的禁忌)
  • 眼底出血あるいは出血の可能性の高い増殖網膜症・増殖前網膜症
  • レーザー光凝固後3〜6カ月以内の網膜症
  • 第3B期(顕性腎症後期)以降の腎症(血清クレアチニン:男性2.5mg/dL以上、女性2.0mg/dL以上)
  • 心筋梗塞など重篤な心血管系障害がある場合
  • 高度の糖尿病自律神経障害がある場合
  • 1型糖尿病でケトーシスがある場合
  • 代謝コントロールが極端に悪い場合(空腹時血糖値≧250mg/dLまたは尿ケトン体中等度以上陽性)
  • 急性感染症を発症している場合
●運動を制限したほうがよい場合
  • 単純網膜症がある場合
  • 重症の高血圧がある場合(収縮期血圧180mmHg以上、または、拡張期血圧110mmHg以上)
  • 骨・関節疾患など整形外科的問題がある場合(特に肥満者や高齢者) 
  • 糖尿病壊疽がある場合
※これらの患者さんでは、必要に応じて各専門医の意見を求め、病状に応じた運動処方を行います。

■糖尿病合併症のある人の運動
 合併症があっても運動が禁忌でなければ、運動による様々な良い影響があります。糖尿病の三大合併症といわれる糖尿病網膜症、糖尿病腎症、糖尿病神経障害には、それぞれ病期に応じた運動の適否が決められています。

●糖尿病網膜症
 糖尿病網膜症を合併している患者さんでは、運動による血圧変動が網膜の血管に作用し、出血を引き起こす場合があります。また、低血糖が眼底出血のトリガーとなることが指摘されており、病期に応じて運動の制限や禁止が求められます。また、増殖性の糖尿病網膜症のある人は、運動だけでなく、日常の生活動作でも、息をこらえる、力む、重い物を持ち上げる、などの動作は急激な血圧上昇を招くため、避けるよう指導しましょう。

病期運動の適否
単純網膜症強度の運動処方は行わない。
増殖前網膜症眼科的治療を受け、安定した状態でのみ歩行程度の運動可。
増殖網膜症運動処方は行わない。

●糖尿病腎症
 糖尿病腎症を合併している患者さんに対しては、従来は運動を制限する傾向がありましたが、過度の運動制限によって、体力やQOL(生活の質)が低下するなど、デメリットの面が指摘され、近年では、適度な運動によって運動耐容能(持久力や有酸素運動能力といった身体運動の負荷に耐えるために必要な機能)やQOLの向上、また糖代謝や脂質代謝の改善などに期待ができることから、腎機能の悪化を招かないように注意しながら、病期に応じた強度の運動を指導します。

病期検査値運動の適否
第1期(腎症前期)尿中アルブミン陰性原則として糖尿病の運動療法を行う。
第2期(早期腎症期)微量尿中アルブミン原則として糖尿病の運動療法を行う。
第3期A
(顕性腎症前期)
・eGFR 60mL/分以上
・蛋白尿1g未満
中等度までの運動は可。ただし運動により尿蛋白が増加する場合は強度を下げる。
第3期B
(顕性腎症後期)
・eGFR 60mL/分未満
・蛋白尿1g/日以上
血清クレアチニン正常
運動制限が必要。体力を維持する程度の運動は可。
第4期(腎不全期)高窒素血症
血清クレアチニン上昇
運動制限が必要。散歩やラジオ体操は可。
第5期(透析療法期)原則として軽度の運動のみ。過激な運動は不可。
日本糖尿病学会編:糖尿病治療ガイド2012-2013,P78-79,文光堂,2012 より引用改変 および 佐藤祐造:合併症を有する糖尿病患者の運動療法.日本臨床 66(増刊7):234-238,2008.より改変

●糖尿病神経障害
 糖尿病神経障害は、特に下肢に多く起こります。全国約20万人の患者調査によると、患者さんの約30%が足をつる・こむら返り、約15〜20%が足のしびれなどの感覚異常を経験していることが分かっています。感覚神経障害によって潰瘍や壊疽を発症した患者さんは、基本的な運動であるウォーキングでさえも、足に荷重がかかることで、症状が悪化する危険があります。そのため、足に負担のかからないプールでの水中歩行、自転車エルゴメータ、イスに座ってできる体操が勧められます。
 自律神経障害がある患者さんでは、運動時の呼吸循環器系の反応が低下し、心拍数や収縮期血圧の上昇が鈍くなることがあり、突然死のリスクが高くなります。そのため、日常生活で動く程度にとどめておくよう指導します。

分類主な症状運動の適否
感覚神経障害触覚・痛覚・振動覚の低下足の壊疽に注意。水泳や自転車がよい。
自律神経障害呼吸性不整脈の消失
安静時頻脈
日常生活以外の運動処方は行わない。

●その他の合併症・併発症
 三大合併症以外に、運動療法に際して注意が必要な合併症として、虚血性心疾患(狭心症、心筋梗塞)が挙げられます。糖尿病の患者さんでは、虚血性心疾患の合併率は高く、合併した場合の予後の不良が指摘されていますが、運動によって症状の進展を抑制し、予後やQOLの改善に期待ができます。ただし、服薬している薬剤によっては、運動中の心拍数や血圧に影響を及ぼす場合がありますので、専門医の指示のもと、適切な運動処方を行います。
 また、変形性膝関節症を発症している患者さんや、肥満や高齢者で運動による関節への障害を引き起こす可能性のある患者さんには、膝への負担が少ない水中運動や座位でのレジスタンス(筋力)運動など、運動の種類に配慮が必要です。

■1型糖尿病患者さんの運動
 1型の患者さんでは、2型の患者さんとは異なり、運動によって直接的に血糖コントロールが改善されるわけではありませんが、運動によってインスリンの働きがよくなり間接的に血糖コントロールへ好影響を与えます。また、体力の向上、ストレス解消などQOLの向上の点で、運動による良い効果を得られます。したがって、1型糖尿病患者さんも合併症の問題がない限りは、運動療法を積極的に実施することが勧められます。
 実施時には、エネルギー消費の増加による低血糖に十分な注意が必要です。低血糖を避けるためにはSMBGを行い、その人なりの血糖の変化を把握するよう指導するとともに、インスリン量の調整、補食の摂取、運動量などの管理を行いましょう。


2012年06月 

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