私の糖尿病50年-糖尿病医療の歩み

20.前糖尿病期に現れる異常

1. 巨大児分娩と流早産歴
 2型糖尿病の父親と母親を持つ人達は将来糖尿病になることがわかったので、GTTが正常の時期に何か異常が現れないかについて共同研究者とともに研究を行った。もし異常があればそれで糖尿病を予知できるからである。
 すでに1930年代より巨大児分娩や原因不明の流早死産歴のある婦人は糖尿病になる人が多いことに気づかれ、これらはPrediabetesの徴候とみられていた。われわれの調査で夫婦で糖尿病になられた方々は43組あって、この糖尿病の両親を持つ人達でGTTを行ったのは137名であった。それを片親だけが糖尿病の人達について行ったGTTの成績と比較すると表1のように、糖尿病の両親を持つ人達に糖尿病型、境界型が多いことがわかった。
 次に両親糖尿病の人達で妊娠歴のある女性に巨大児分娩、原因不明の流早死産歴をたずねてみた。巨大児は現在は4000g以上としているが、当時は3600g以上としていた。その結果は表2のようにGTTが糖尿病型の人達にもっとも高率でついで境界型に多くみられた。このことは、「Prediabetic stageにある人は妊娠時に異常が起こる」というよりも、「糖代謝異常が起こっているために妊娠異常が起こる」ことを示している。

表1 片親あるいは両親が糖尿病の場合の
   子供のGTTの比較

群 (例数)
正常型  境界型  糖尿病型
片親 (159)
59%     31%     10%
両親 (112)
31%     43%     26%

表2 糖尿病の両親をもつ人達のGTT別にみた
   巨大児分娩(≧3600g)、流早死産の頻度

GTT (例数)
巨大児  流早死産
正常型 (10)
 10%   10%
境界型 (17)
 29%   29%
糖尿病型 (13)
 61%   46%
2. GTTとインスリン試験
 両親糖尿病の人達に100gGTTを行ったときの血漿インスリン反応を見ると、図1のように、血縁者に糖尿病のないGTT正常者(対照)では30分がインスリン反応の頂値となるのに対し、GTT正常者でもインスリン反応が低値で反応が急速に起こらないで頂値が60分にずれていた。境界型になると反応は大きくなり糖尿病型になると更に大きくなるのがみられた。当時ストックホルムのLuft教授ら(1967)はグルコースを静注して、インスリン反応が遅く現れしかも低いのが糖尿病の特徴でありPrediabetesのときから認められることを指摘していたが、我々の知見はそれを支持する成績であった。また30分値insulinogenic indexは図2のように正常型でも幅広く分布するのがみられた。

図1 100gGTT時の両親糖尿病の人達のインスリン反応
左端は健常な学生の反応(例数)

図2 糖尿病の両親をもつ34例の100gGTT時の30分値insulinogenic index(GTT成績別)

 次にGTTが正常あるいは境界型の人達(Prediabetes)15名についてレギュラー・インスリンkg当り0.1単位を静注し血糖、血漿遊離脂肪酸(FFA)と血漿成長ホルモン(GH)の反応を対照および糖尿病患者と比較した。その血糖の反応は図3のように対照では120分で前値まで回復するのに対しPrediabetesでは回復がやや遅れ、糖尿病患者ではさらに反応が遅れ回復傾向がみられただけであった。
 インスリン静注時のFFAは図4のようにわずか低下したが、糖尿病患者では著明に低下した。またGHの反応は図5のように対照では高反応で糖尿病患者では低反応であるのに対し、Prediabetesではその中間に位置する反応であった。
 すなわちPrediabetesでは臨床的糖尿病と対照との中間の反応を示し、血糖に変化が認められなくともインスリン、GHなどの反応は低下していることがわかった。その他にも生化学的検査を行ったが決定的な知見は得られなかった。

図3 インスリン0.1U/kg静注時の血糖の反応(前値に対する%)
右端は糖尿病患者

図4 インスリン0.1U/kg静注時の血漿FFA反応
右端は糖尿病患者

図5 インスリン静注時の血漿成長ホルモンの反応
3. 網膜電図に異常が現れた
 Prediabeteic stageにも眼球結膜の血管や神経に異常がみられるといわれていたので眼科の高久功講師(長崎大教授)の協力を得て、眼底所見と当時はじまった網膜電図(ERG)を佐藤裕也博士に検査していただいた。
 検眼鏡所見をGTT別にみると、正常型、境界型では異常はみられず、糖尿病型では38%に異常が認められた。蛍光眼底写真でも正常型、境界型では異常なく糖尿病型で40%に異常がみられた。もっとも注目されたのはPrediabetesの人達でも網膜電図に異常が認められたことである。
 眼球の電位は後極側に対し角膜側が陽性で上向きとなっている。その電位を網膜を前後にはさむ2電極で導いて、眼前で強烈な閃光刺戟を与えると下向きの電流(a波)が起こりついで段階的に上昇する律動様小波oscillatory potential(OP)が現れる。糖尿病性網膜症では早期よりこのOPの減弱ないし消失がみられる(図6)。Prediabetesでは眼底に異常所見が認められないのにOPの減弱が表3のように認められた。予想外で、また世界初の知見に一同喜んだ。後にこのOPの出現には網膜の双極細胞が関係することを知り、OPの減弱は血管障害というよりも神経障害の極めて早期の現象ではなかろうかと考えるようになった。腱反射や末梢神経の伝導速度についても検査を行ったが、Prediabetic stageには明確な変化は認められなかった。

図6 網膜電図

表3 糖尿病の両親をもつ人達の網膜異常所見出現頻度
GTT
  検眼鏡所見
例数 異常例 %
  蛍光限底所見
例数 異常例 %
  網膜電図
例数 異常例 %
正常型
24   0   
14   0   
15   5   33%
境界型
25   0   
15   0   
15   9   60%
糖尿病型
21   8   38%
10   4   40%
 9   7   78%
4. 国際会議に招かれ発表
 このような知見が得られ、ニューヨークに移っていたCamerini-Davalos教授より早期糖尿病の第1回国際シンポジウムを開くので出席しないかとの招待を受けた。学会は1968年10月22日-25日に地中海の太陽海岸といわれるスペインのマラガの近くのマルべラで開かれた(図7)。ジブラルタルの近くでアフリカが眞近かの保養地。数十名ほどの集会で、多くのことを学びまた見聞することができた。その2年後の1970年8月23日-28日に第8回IDF(国際糖尿病会議)がブエノスアイレスで開かれ、Clinical Prediabetesのシンポジウムにシンポジストとして招待されIDFでも発表の機会を得て嬉しかった(図8)。ブエノスアイレスに移住した日本人達は、日本からの参加者を大歓迎で、日本代表として出席した筆者は邦字新聞「らぷらた報知」に日本の糖尿病の現状についての取材を受け、その記事も大きく掲載された。
図7 地中海の太陽海岸にて
1968年撮影
図8 第8回IDFシンポジウム
Camerini教授と

(2004年08月03日更新)

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