糖尿病と妊娠
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糖尿病3分間ラーニング

2. 妊娠を希望する糖尿病の患者さんへ
―歴史が教える医学の愛、親の愛―

大森 安恵(海老名総合病院・糖尿病センター長、東京女子医大名誉教授)
2009年04月

 日々の生活の中には、突然、悲しいことや、嬉しいこと、情けないこと、怒りたくなるようなことなどが、絶え間なく起きてくるものである。だからこそ私達は軌道修正しながら緊張を失わず生きていられるのかも知れない。思いがけない感動もまたその刺激の一つである。


Diabetes Care January 2009, Volume 32, Number 1

 アメリカ糖尿病学会が発行しているDiabetes Care(糖尿病の管理)という医師向きの雑誌がある。最近私は、アメリカから送られてくるこの雑誌の新年号の表紙に載せられた1通の短い手紙のドラマに、動顛するほどの感動を覚えている。その感動を特に若い女性の糖尿病患者さん達に伝え、勇気を持って生きて頂きたいと思い、ここに執筆した次第である。

 「Diabetes Care」は、糖尿病の臨床研究を主にした、世界で最も権威ある月刊誌の一つで、医師のための国際的ジャーナルであるから患者さんは多分知らない方が多いと思う。

 一通の手紙とは1922年12月21日、8歳の少女がインスリンの発見者バンチングに宛てて書いたものである。鳥の飛んでいる見事な自作の絵の上に“バンチング先生にお会いしてインスリン注射をする勇気がわき、1日2回の自己注射を始め、此の5日間は砂糖なしの1900キロカロリーの食事をとり、とても気分が良くなりました”という主旨のお礼と報告を兼ねて書かれた手紙である。

 1922年といえば大正11年でバンチングによってインスリンが発見され、それが糖尿病の治療に使われるようになり、死に至る病としての糖尿病に、生き得る光明を与えた歴史上記念すべき年である。この少女が糖尿病と診断されたときは運良くインスリン治療がカナダのトロント大学で始まったばかりであった。

 少女の父親はバンチング先生に直接手紙を書いて糖尿病治療を依頼し、昏睡に陥って死の淵に横たわる娘を汽車に載せて、ウィニペグから1380マイルの遠路トロントに連れて行き、インスリンの治療を受けさせた由である。少女はインスリン治療で見事昏睡から蘇った。そのインスリン治療を始めたばかりの8歳の少女の手紙が雑誌Diabetes Careの表紙である.

 史上初めてインスリン注射を受けた患者さんはカナダのトンプソン少年であるが、この少女は多分第2弾の治療群のなかに含まれていると思われる。そして彼女はインスリン注射の御陰で立派に成長し結婚され、子供を産んだ。それは1型糖尿病の妊娠例の世界第1例ではないかと伺っている。残念ながら当時だから分娩後すぐ死亡された由である(私信による)。

 しかしそのお子さんは立派に成長された。1型糖尿病になられたけれども。この方が、現在糖尿病と妊娠の分野で世界のトップリーダーを務めているアメリカ糖尿病学会の重鎮、有名なサンサム糖尿病研究所の所長ロイス・ジョヴァノビィック先生のお父上で、ジョヴァノビィック先生は表紙の手紙をかかれた8歳の少女のお孫さまである。

 ジョヴァノビィック先生自身も18歳で発症した1型糖尿病でありながら2人のお子さんを育て、そのお子さん達はまた医師として現在活躍している。

 私はジョヴァノビィック先生とは糖尿病と妊娠の研究を通して30年来の親愛なる友人関係で、雑誌で読んで解らないストーリーは直接先生から伺ったものである。大正時代に1型糖尿病になったかたが無事成人し結婚出来る社会環境に感動するとともに、糖尿病になっても合併症無く社会活動される人々にも心からなる尊敬を感じる次第である。

 1922年から今日まで糖尿病の治療は信じられないほどの発展を遂げている。糖尿病と診断されてもコントロールさえ良ければ死の淵に立つ事は一切無い。糖尿病になっても打ち沈まず、合併症なく、手紙の主人公の一族のように生き生きと人生を歩んで欲しいと願っている。


 親愛なるBanting先生
 先生がご無事でお着きになられたことを望んでいます。
 先生がお発ちになった日から私はとても勇気が出て、自分でインスリン注射をはじめそれを続けています。この5日間は砂糖なしの1900カロリーの食事(蛋白60g、脂肪163g、糖質94g)をとり、とても元気になりました。インスリンは1日2回しています。

©2009 大森 安恵

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