目と健康シリーズ Eye & Health

2015年06月01日

No.18. 角膜の病気

編集
東京歯科大学眼科教授
島 崎 潤 先生
も く じ


問題! からだの表面に一か所だけ、いつもずっと自分の目で見ているのに見えていないところがあります。 それはどーこだ。答えは今回のお話のなかにあるヨ

角膜は眼球壁、採光窓、そしてレンズ

 眼球は強膜〈きょうまく〉という厚くて白っぽい膜で壁を作り球形を保っていますが、前方の角膜〈かくまく〉の部分だけは少し出っ張り透明になっています。透明ですからそこからは角膜の下の組織が見通せ、日本人では黒く見えます。つまり、黒目に該当するところを覆っているのが角膜です。

 眼で物を見る仕組みは、この角膜を通過して屈折した光が、眼球後方の網膜〈もうまく〉に焦点を結ぶことで成り立っています。角膜は眼球をかたちづくる壁であり、光をとり入れる採光窓であり、同時に凸レンズとしても機能しているということです。

 角膜の病気でその透明性が失われたり、かたちが変化してしまうと、視覚に障害が生じてしまいます。角膜ケアの大切さを理解していただくため、まずは角膜の構造、仕組みについてお話ししましょう。

透明性を保ち続ける角膜の構造と仕組み

 
 
 ガラスやプラスチックのような物質のように見える角膜も、実際はもちろん生きた細胞が集まってできています。つねに酸素や栄養を必要としていますし、ゴミなどによる刺激や細菌・ウイルスなどが侵入する危険にさらされています。

 通常、酸素や栄養は血液によって細胞に運ばれ、外部からの異物の侵入は皮膚でブロックし、侵入したものは血液中の白血球などが排除します。ところが角膜は透明でないと意味がないので、血管も皮膚もありません。では、どのように酸素や栄養を取り入れ、外部からの刺激から守っているのでしょうか。

角膜を守る最表面のバリア、角膜上皮

 
 
 角膜の厚さは中央部約0.5mm、周辺部約0.8mmで、表面側から上皮、実質、内皮の三層に分けられます。上皮は角膜の最も外側にあたり、皮膚をもたない角膜を守るバリアとして働いています。また外気から直接酸素を取り入れ、血液が通っていない角膜の細胞に供給しています。

 ここで上皮のバリア機能を詳しく見てみましょう。まず、上皮では細胞同士が涙も通さないほどしっかりと組み合わさっていて、異物の侵入をブロックしています。また上皮は大変敏感で、わずかに傷ついただけで激しく痛み、まぶたを閉じるなどの対処を促します。さらに細胞の増殖スピードが皮膚よりもずっと早く、傷ついた部分をすぐに修復することができます。

眼球壁やレンズの役目を担う角膜実質

 角膜の厚みの大半を占めているのは実質です。角膜とともに眼球壁を構成している強膜(白目に該当するところ)と同じコラーゲンの線維でできています。強膜はコラーゲン線維が不規則に並んでいるので白く不透明ですが、角膜はそれが規則正しく並んでいて光を素通しするので透明です。

 病気や異物などによってコラーゲン線維の配列が乱れると、その箇所は不透明化します。また実質は、その下にある内皮を介して水分や栄養の供給を受けていますが、内皮細胞の働きが低下すると、実質が水分過剰になります。その結果、角膜がむくんで白く濁り、上皮と実質の間に水が溜まります(水疱性〈すいほうせい〉角膜症)。

角膜のポンプ、内皮細胞は再生しない

 角膜の一番内側は内皮です。内皮は眼球内にある房水〈ぼうすい〉という栄養分を含む水を、血管をもたない実質へ送り届けたり、反対に実質内の不要な水を吸い出したりと、ポンプのように働いています。

 内皮細胞は上皮細胞と異なり細胞分裂を行わないため、再生力がほとんどありません。内皮の一部が失われた場合は周囲の内皮細胞が大きくなってその穴埋めをしますが、その分、ポンプ機能が低下します。

炎症を起こしにくい角膜は異物に弱い

 
 
 このような特殊な構造に加え角膜のもう一つの大きな特徴は、炎症が非常に起こりにくいということです。皮膚などに異物が入り込んだ場合、その部分に炎症を起こすことで異物を排除し、そのあとは瘢痕〈はんこん〉になって治癒〈ちゆ〉します。ところが瘢痕になってしまっては透明性が保てないので、角膜はこの方法をとりにくいのです。このため上皮がしっかりバリアしているのですが、バリアを破っていったん異物が侵入してしまうと、それをなかなか排除できません。

上皮の病気は感染防止が一番のポイント

最初はごく小さな傷から始まる

 角膜の病気の多くは、上皮にできた傷から起きてきます。コンタクトレンズの不適切な使用や目に入ったゴミ、逆さまつげ、光線による刺激などが、頻度の高い原因としてあげられます。

 上皮は敏感なので傷ができるととても痛み、涙が出て、目が赤くなります。治療には人工涙液を点眼したり、治療用のコンタクトレンズや眼帯で眼を守ります(ケガをしたときに絆創膏〈ばんそうこう〉を貼るのと同じです)。

 上皮に傷がついても、上皮細胞は修復速度が早いため、きちんとケアすれば短期間で治ります。しかし、傷が治りきるまではバリア機能が低下していますので、細菌などに大変感染しやすい状態が続きます。

 もしそれらに感染してしまうと、角膜はそれを取り除く力が弱いので、小さな傷でも急に悪化して経過が長引き、視覚に障害が残るようなことになりかねません。感染を起こす前に治療を受けるか否か、それが角膜上皮の病気の進行を左右する大きなポイントです。
    ※角膜上皮障害と関係のあるドライアイについては、このシリーズの No.14 をご覧ください。

雪目は夜に痛みだす

 ゴーグルやサングラスをせずにスキーをしたときに生じる角膜上皮障害を、俗に雪目〈ゆきめ〉といいます。太陽光線のほか、溶接作業の光なども原因となります。角膜に光があたっているときは痛みを感じず、たいてい夜になったころに痛みだし、患者さんを慌てさせます。強い光を浴びるときは、必ずゴーグルやプロテクターをしましょう。なお、光線刺激による上皮障害は、通常は数日で軽快します。
 

コンタクトレンズによる失明・角膜障害

 コンタクトレンズはきちんと使用していれば安全ですが、そうでないと、本文で解説しているような感染症を招くほか、次のような問題も生じます。

 角膜は血管がなく上皮を通してのみ酸素を取り入れていますので、コンタクトレンズを定められた装着時間以上に使用していると、酸素が欠乏します。それを補うために、本来は角膜にあってはならない血管が伸びてきます。この血管は一度できると消えることはありません。そして瞳孔の位置にまで伸びると視力が低下します。また、将来もしも角膜移植が必要になった場合、移植後に拒絶反応が大変起きやすくなってしまいます。

 コンタクトレンズの不適切な使用が原因で結果的に重度の視覚障害に至る人は、国内で毎年数百人に上ります。洗浄が不十分、使用期限や装着時間を守らない、装着したまま眠る、検診を受けない...このような間違った使い方は、ぜひ今すぐ改めてください。

 なおソフトレンズはハードレンズに比べ、装着感がよく角膜の感覚が鈍るので傷や病気に気付きにくい、レンズが水を含んでいるので細菌などが繁殖しやすい、サイズが大きいだけに形状が合わないと低酸素状態になりやすい、といったことから、より注意が必要です。

おもな角膜感染症

  細菌性角膜
感染症。緑
膿菌による
感染で、潰
瘍ができて
います。
細菌性角膜感染症
 角膜や結膜の表面にはブドウ球菌など何種類もの細菌が存在しています。上皮のバリア機能が壊れたときにそれらが入り込み、角膜内で増殖していきます。眼球内(角膜の内側の前房〈ぜんぼう〉)に膿〈うみ〉が溜まったり、虹彩〈こうさい〉に炎症が起きることもあります。抗生物質によって治療します。

 
角膜真菌〈しんきん〉
 真菌とはいわゆるカビのことです。感染の頻度は低いですが、ステロイド薬を使用していたり、手術後などで免疫力が落ちた状態では、感染しやすくなります。真菌は角膜内で胞子〈ほうし〉状になって身を守ろうとしますので、抗真菌薬を使用しても治るのに時間がかかります。

アメーバ角膜炎
 頻度はまれですが、感染すると治療に大変時間がかかります。ソフトコンタクトレンズの手入れが不十分だったり、湖や川で泳いだりすることで感染します。最近、増加傾向がみられます。

 
 角膜ヘルペス
角膜ヘルペス
 上皮のバリアを破って侵入してくるほかの感染症と異なり、ヘルペスウイルスには成人の9割以上がすでに感染していて、からだのなかにもっています。このウイルスはふだんはおとなしくしていますが、疲れや精神的ストレスなどをきっかけに神経を伝わって角膜に現れ、活動し始めます。抗ウイルス薬によって比較的短期間で治ります。
    ※角膜感染症の一種の流行性角結膜炎(はやり目)については、このシリーズの No.17 をご覧ください。

 
 
 
 
角膜の感染症が治癒したあとも、
消えずに残ってしまった混濁。
 
 
 
上の写真の患者さんに、角膜移
植を行ったあとの状態。角膜が
透明になり、視力が回復しまし
た。
 

感染症が治ったあとにも残る視覚障害

 角膜感染症のおもな症状は、痛みや充血、涙目、視力低下などですが、感染した細菌やウイルスが除去されればいずれ痛みや充血はなくなります。しかし、細菌に侵されてできた潰瘍による濁りや瘢痕が実質にあると、それはとれません。その位置が瞳孔に重なっていると、視力が元に戻らず、霧視〈むし〉(視野に霧がかかったように見える状態)も残ってしまいます。

 また感染そのものの経過が長引くと、本来は無血管である角膜内に血管が入り込んでくることがあります。この血管ができると、角膜移植が必要になったときに、その成功率に影響を与えてしまいます。

視力を取り戻せる角膜移植は順番待ちで

  
 
 角膜の透明性が失われたり形が変化してしまい、それが回復しない場合には、角膜移植による治療が行われます。角膜は移植治療が行われている組織のなかで最もその歴史が長く、成功率が高い組織です。一方で、提供される角膜が少ないために、なかなか手術を受けられず長期間順番を待っている患者さんが大勢います。

 現在国内に角膜移植をすれば見えるようになる眼は2万眼以上あるとされています。これに対し、亡くなったあとに献眼される人は1,000人弱(2,000眼弱)。しかもドナー登録された方が亡くなられたときに、その善意が生かされる確率は高くありません(登録してから亡くなるまで何年もたっていて忘れてしまうことなどが理由)。このためアメリカ人ドナーの角膜を用いることもあります。システムや文化の違いからか、アメリカでは余裕ができるほどに角膜が提供されています。
 

人工角膜・角膜再生の可能性

 角膜移植のドナー不足を一気に解決するのではないかと注目されている人工角膜。その開発の歴史は、人工的に作ったものをいかに生体になじませるかの挑戦でした。周辺部から容易に感染してしまうなど、実用化には高いハードルがあったのです。

 しかし近年、角膜内の細胞を培養して角膜を再生する技術が進歩し、急速に現実味を帯びてきています。角膜の部分的な置き換えなら、そう遠くない将来に実現するであろうと期待されています。その時期は、早ければ数年以内の可能性もあります。

そのほかの角膜の病気

内皮障害で実質がむくむ水疱性〈すいほうせい〉角膜症

 
 水疱性角膜症
 
 眼の手術やケガ、感染症などによって角膜内皮細胞が減少しポンプ機能が低下することから、実質に水が溜まり角膜がむくむ病気です。視力低下や霧視がおもな症状で、痛みを伴うこともあります。内皮細胞は再生しないので、症状次第で角膜移植を行い治療します。

 健康な角膜の内皮細胞は1mm2あたり2,500〜3,000個ですが、これが500個以下になると水疱性角膜症が起きてきます。ですから白内障の手術の前には検査で内皮細胞数を確認し、数が少ない場合には手術を延期することもあります。

混濁や形状の変化が起きる角膜変性〈へんせい〉

 
 角膜変性症
 
 角膜内に本来は存在しない成分が沈着して不透明になったり、形状が変化することを角膜変性症といいます。多くは遺伝的なものですが、腎臓の病気など、ほかの病気の影響で起きる場合もあります。

 頻度の高い角膜変性症として、円錐〈えんすい〉角膜があります。角膜の中央が円錐状に尖って強い乱視になるものです。思春期に始まることが多く、原因ははっきりしません。ハードコンタクトレンズを使用して矯正しますが、変性が強くて使用できないこともあります。その場合、手術で角膜に細いリングを埋め込み、角膜の形状を正常に近付けてコンタクトレンズを装着しやすくしたり、それも難しければ角膜移植を考えます。

結膜が角膜の上に伸びてくる翼状片〈よくじょうへん〉

 
 翼状片
 
 結膜が増殖して、角膜を覆うように伸びてくるものです。ふつうは鼻側から三角形の翼のような形で侵入してきます。強い太陽光線に長くあたる人に起きやすいといわれています。

 伸びてくる組織自体は良性なので心配いりません。ただ、大きくなると角膜が押されてゆがむために乱視になったり、瞳孔にまで伸びてくると視力が急に落ちます。簡単な手術で除去できますが、しばしば再発します。
 
最初の問題の答えはみんなもうわかったよね。答えは角膜。角膜は透明で自分には見えないことが大切なんだね。角膜が見えちゃったら、かんじんの見たい景色とか読みたい文字が見にくくなっちゃうもんネ

シリーズ監修:堀 貞夫 先生 (東京女子医科大学名誉教授、済安堂井上眼科病院顧問、西新井病院眼科外来部長)
企画・制作:(株)創新社 後援:(株)三和化学研究所
2012年3月発行

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