糖尿病と妊娠
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糖尿病3分間ラーニング

10. 妊娠と糖尿病網膜症

大森 安恵(海老名総合病院・糖尿病センター長、東京女子医大名誉教授)
2012年07月

 2012年2月にインド、チェンナイ(旧マドラス)で第4回の国際糖尿病・妊娠学会が開催されました。これは略してIADPSGと呼ばれています。

 新しい妊娠糖尿病の定義、診断基準を作成し世界を同じ基準に統一しようと、国際会議を何度も開いて努力し作り上げた学会です。糖尿病と妊娠の分野にとってはとても有難く有意義な学会です。

 その学会に私は招聘を受け、「妊娠時の糖尿病網膜症」と題して講演をする機会を与えられました。

 最近日本の学会は、糖尿病を持つ人の妊娠の問題を忘れてしまったのではないかと思いたくなる位、「妊娠糖尿病」に力が入っていて、糖尿病者の妊娠の問題を余り取り上げていません。したがって日本でも話題にする事は有意義だと考え、今回はチェンナイと同じく「妊娠時の糖尿病網膜症」についてお話ししようと思います。

 それは増殖網膜症を放置すると、妊娠を契機に失明する事もあり得るからです。

1. 糖尿病網膜症およびその周辺のこと

 網膜症とは眼の底にある網膜という視細胞層に出血の起こる病気で、糖尿病の高血糖によって起こるものと、その他の原因で起こる網膜の病気とに分けられます。

 ここでお話しするのは勿論、糖尿病によって起こる糖尿病網膜症と呼ばれるものです。したがってここでは妊娠と糖尿病網膜症のお話をする訳ですから、単に網膜症と略してあります。

 現在糖尿病の治療そのもの、つまり血糖コントロールは飲み薬もインスリン製剤も共に著しく進歩、発展しています。網膜症の治療法も信じられない程、進歩、改善されて、よほど治療の時期を失しない限り失明にいたる事は殆ど無くなりました。

 妊娠に関係なく一般の糖尿病者で、約10年前までは糖尿病による失明の原因疾患の第1位が網膜症でありましたが、現時点では緑内障が失明原因の第1位で25 %を占め、網膜症が第2位となり21%を占めていると報告されています。

2. 血糖が高いと網膜症が形成される

 血糖値が200mg/dL以上になり、それが10年以上続くと確実に網膜症は発生すると言われています。従って私たちは糖尿病の治療をしていない人で網膜症があると、“糖尿病が発症してからもう10年以上は経っている”と判断します。

 そしてコントロールの悪いままにしておくと網膜症は出血や白斑、新生血管といった形の状態がどんどん進行して重症度を増していきます。

 網膜症が形成されたばかりの新しいものは単純網膜症とよばれ、さらに進行、増悪したものを増殖前網膜症、それから一段と進行したものを増殖網膜症とよんでいます。

 妊娠をしていなくても、糖尿病の治療が不十分で血糖コントロールが悪いと網膜症は必ず悪くなります。しかし妊娠をしていて網膜症が、増殖前網膜症や増殖網膜症を合併している場合、これらは非妊娠時と比べものにならない程急速に悪化します。

 この原因については沢山の研究がなされていますので、ここにその増悪要因ともいえるものをあげてみます。

  1. 妊娠前および妊娠中の高血糖
  2. 高血圧
  3. 高脂血症
  4. 急速な血糖正常化
  5. 糖尿病の長い罹病期間
  6. 毛細血管周細胞の変性
  7. IGF-1とよばれるホルモンの増加
  8. 血管内皮成長因子(VEGF)や血小板凝集能の増加

があげられます。これらは妊娠をしていなくても網膜症の増悪に働きますが、妊娠時により一層強く作用して網膜症が悪くなる引き金になります。

3. 妊娠時の網膜症の変化率

 私が女子医大病院で糖尿病妊婦さんの治療管理に当たっているとき調べたデータで、網膜症の合併が全く無い人、または軽い網膜症があっても妊娠によって影響を受けなかった人は78.3%、妊娠するまで糖尿病の検査を受けた事が無く妊娠して初めて糖尿病がある事が分かり、しかも増殖前網膜症或は増殖網膜症を発見されて妊娠により悪化した人は17.5%いました。

 また紹介されて初診し増殖網膜症があり、何よりも先ず光凝固療法をしなければならなかった人は、4.2%いました。

4.網膜症の悪化と失明

 妊娠中に網膜症が悪化した人や、紹介されてきていきなり光凝固を必要とした人々は、分娩が終わるまでに失明に至るのではないかとどれほど心配したか分かりません。心配をよそに多くの人は眼科医の手厚い治療と光凝固療法のおかげで無事に出産を終了できました。

 私が定年までに631分娩例をケアしたその中で、失明に至った人は二人おられます。何れも妊娠してから糖尿病がある事を発見され増殖網膜症まで合併していたため紹介、初診されてきた症例です。そして光凝固療法の威力も私達の心からの医療熱意も全く効果を発揮する事ができず、赤ちゃんは無事に生まれましたが母体が失明に至ったのです。

 医学の進歩した現在、こんな悲しみを繰り返さないために、また糖尿病患者さんの幸せを守るために、私は2型糖尿病の多い国では、妊娠前の糖尿病チェックと計画妊娠の重要性を強調しなければならないと思っています。

©2012 大森 安恵

2012年4月からヘモグロビンA1c(HbA1c)は以前の「JDS値」に0.4を足した
「NGSP値」で表わされるようになりました。過去の記事はこの変更に未対応の部分があります。

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