糖尿病とストレス
うつとの関連、QOLの障害
うつとの関連、QOLの障害
監修東北大学名誉教授 後藤由夫先生
編集
東北大学医学部附属病院総合診療部部長 本郷道夫先生
- 今は、誰も体験したことのないストレス社会
- ストレスが糖尿病に及ぼす影響
- QOL障害によるストレスと、その考え方
- まず、うつに気付くこと
- うつは必ずよくなります
今は、誰も体験したことのないストレス社会
日本は今、社会構造の急な変化が続いています。昨日まであたり前だったことが今日はもう通用しない、といったことは日常茶飯事です。人々はつねに感覚を研ぎ澄ませ、状況の変化に対応し続ける必要に迫られています。これは強い精神的ストレスとなります。このようなことは糖尿病であるかないかにかかわらず、誰も同じです。ただし、糖尿病の人はストレスについて、少し詳しく知っておいたほうがよいようです。なぜならストレスは、いろいろな意味で糖尿病に影響し、また、糖尿病の人では、さまざまなストレスから、うつになる人が多いからです。
| 考えごとは日中に。 夕方や夜は、考えが湿りがちなものです。考えごとは、天気のよい日の明るいうちにしましょう。 |
ストレスが糖尿病に及ぼす影響
ストレスで血糖値が高くなる
からだや心にストレスがかかると、血糖値を上げるホルモンが分泌〈ぶんぴつ〉される一方で、インスリン抵抗性※が強くなります。このため血糖値が上がります。-
※インスリン抵抗性:インスリン(血糖値を下げるホルモン)に対する感受性が低下した状態。インスリンはたくさん分泌されていても、血糖値が下がりにくくなります。
ストレス解消のための食べすぎで、血糖コントロールが乱れる
ストレス解消の手段として、過食に走ることはよくあることです。お酒を飲む人なら、その量も増えるでしょう。また、イライラしていたり精神的に不安定なときには、空腹でなくても、つい手近にあるものを口に運んでしまいます。このようなことが、血糖コントロールの悪化につながります。ストレスが原因でうつになることも
ストレスが長引くと、誰でも気が滅入ってきます。その度がすぎて、からだも心も疲れ果てると「うつ」になります。糖尿病の人の多くは、家庭でも実社会でもストレスの多い生活を強いられる年齢なので、うつになりやすい状況にあります。さらに、糖尿病によるさまざまな心配や苦痛(将来に対する漠然とした不安、合併症や糖尿病の治療に伴うQOL※障害〈次項参照〉など)が重なります。
糖尿病の人の2〜3割はうつを併発しており、糖尿病以外の病気でのうつの併発(約1割といわれています)より、頻度が高いといわれています。
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※QOL:quality of life。クオリティー・オブ・ライフ。生活の質、生活の満足度、幸福度。
うつ状態では心とからだが互いに影響しあい、状況をさらに悪くする
うつにより、ホルモンの分泌や自律神経のバランスに影響が出ます(合併症の神経障害とは異なります)。その症状は一般に「自律神経失調症」といわれるようなものです。それらの不快な症状が新たなストレスとなり、うつがよりひどくなるという悪循環が起こります。また、このような身体症状は、検査をしても患者さんの訴えの強さに相当するほどの原因は大抵見つかりません。このため周囲からは「気のせい」「大げさ」「怠けている」と見られがちで、その誤解が患者さんをさらに苦しめてしまいます。
それらの結果、糖尿病の治療意欲がなくなったり、インスリン抵抗性が続くことで、血糖コントロールはより悪化してしまうことがあります。
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ストレスで血糖値が上がるのは大昔〈おおむかし〉の記憶?
ストレスを受けたときに血糖値が上がるのは、かつてはそれがヒトの生存に適していたためと考えられています。人類の長い歴史の大半は、狩猟をしたり、猛獣に襲われ闘わなければならない危険が多い生活でした。そのような場面では、神経を張りつめ筋肉を最大限に働かせるため、エネルギー源となるブドウ糖が大量に必要です。からだは血糖値を上げるホルモンを分泌し、危険に対処します。
また血糖値以外にも、筋肉に血液を集中させるため血圧を上げたり、怪我をした際の出血を少なくするため血液を固まりやすくしたりします。このような反応のおかげで、人類は生き残ってきたのです。
現在では生命の危険に遭遇することはまずありませんが、逆に精神的ストレスには絶えずさらされています。ヒトのからだに組み込まれた大昔の記憶のなごりが、さまざまな現代病の誘因になっていると考えられます。
| 不安を感じること自体は正常なことです。 不安は状況の変化から身を守る防御反応の現れ。強い不安が長く続くときは適切な対処が必要ですが、不安に思うこと自体を隠すのは間違いです。 |
QOL障害によるストレスと、その考え方
糖尿病との付き合いは長く続きます。食事療法や運動療法あるいは薬物療法を、毎日規則正しく続けていくことが求められます。患者さん自身が「自分が糖尿病であること」を受け入れないとこれは難しく、糖尿病の治療そのものがストレスになってしまいます。よい血糖コントロールを維持し、治療に伴うストレスを少なくするには、まず、糖尿病を受容することが大事です。
といっても、医師に糖尿病と診断され治療方法を説明されたとき、すぐにそれを理解し実行できる人は、大変恵まれた人といえるでしょう。実際には、「なんで自分が糖尿病なんかに」と落ち込んだり、「いったいなにが悪かったというのだ」と怒ってみたり、「医者の診断ミスだ」と病気を否定することのほうが多いものです。しかし、時間の経過とともに少しずつ冷静になり、やがて糖尿病であることを認め治療に取り組むようになります。このような経過は、それに要する時間に差はありますが、誰にでもあることで、糖尿病を受容するために必要な時間といえます。
糖尿病を“受容する”とは、
人生のなかの糖尿病の部分は“あきらめる”ということ
食べたいのに食べられないなど、糖尿病治療に伴う快適さの制限(QOLの低下)を苦痛に感じることを、QOL障害と呼びます。食事に関することのほかにも、定期的な通院の必要性、薬物療法をしている場合の低血糖、合併症がある場合の身体的な症状などがあてはまります。「糖尿病を受容する」とは、このようなQOLの低下を、怒りや否認などを経た後に、「仕方がないもの」としてあきらめるということです。もちろん、あきらめてなにもしないのではなく、あきらめきったうえで「それならばどうすればよいか」と考え直すという意味です。
改めて書くまでもありませんが、人の幸せは、その人が糖尿病であるかないかだけで決まるものではありません。誰でもなにかしらの荷物は背負っています。
確かに糖尿病によってQOLが下がることはありますが、それを“障害”と思わず、自分という人間をかたちづくるひとつの要素として考えてみてはいかがでしょうか。それまで気付かなかったことが、いろいろな意味で、よく見えるようになります。「災い転じて福となす」ということです。糖尿病によって失う部分は、あなたの可能性・人生の幸せからみれば、ずっと小さなものではないかと思います。
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| 気持ちの整理に日記がおすすめ。 日記を書くことで、不安の原因や知らず知らずに考えていたことが頭の中で整理され、気分が落ち着きます。たまに読み返すのもよいでしょう。 |
まず、うつに気付くこと
現代社会では、ストレスを受けない人はいません。糖尿病が受容できても、それらのストレスは避けられないものです。そうである以上、大切なことは、ストレスを自覚しそれを発散することです。つらいと感じたり心配ごとがあるときは、なるべく人と話をしましょう。相手はご家族でも、隣近所の人でも、職場の人でも、同じ糖尿病の患者さん仲間でも、医師や看護師でも、誰でも構いません。内容がストレスに関係することではなく、話すことが直接問題の解決につながらないとしても、きっと気持ちが楽になります。
また、趣味やスポーツなどで、日常生活にちょっとした変化をつけましょう。ボランティア活動に参加するのもよいかもしれません。自分の好きなこと、充実感を得られる時間を大事にしてください。手軽なところで、散歩やカラオケなどもよい気分転換になります。

糖尿病の人のうつのサイン
「ストレス解消を!」といっても、そう簡単にはできないことも多々あります。人間関係、抱え込んだストレスの大きさによっては、それを発散できず、うつになることがあっても不思議ではありません。うつは、単に気持ちの問題として解決できることではなく、適切な対処が必要です。なによりも患者さん本人(あるいはご家族などの周囲の人)が、「うつではないか」と早めに気付くことがポイントです。
うつというと、落ち込んでいて暗そうな表情の人をイメージしがちですが、うつの初期は多くの場合そうではありません。からだの不調を訴えるばかりで、一見元気そうなことが多いものです。糖尿病の人のうつでは、とくにこのようなケースが多い傾向があり、それだけ気付きにくいものです。
| 実力以上のことを目指し続けていませんか。 目標を高くもつことは大事。でも疲れたときには、少し別の角度で自分を見つめ、それまでの努力の軌跡を振り返ってみましょう。 |
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うつは必ずよくなります
うつ治療の細部までこの小冊子で解説することはできませんので、重要なポイントをあげておきます。うつの治療で糖尿病の状態も改善する
うつは、適切な治療で必ず治ります。落ち込んでいるときは、「もうどうでもいい」「生きていても仕方がない」と考えることもありますが、うつの治療を受ければ、必ず以前のあなたが復活します。そして、うつを治せば糖尿病の状態もよくなり、からだの不快な症状もなくなります。それまでの悪循環が、逆回転の好循環に変わるからです。
一点だけ注意したいことは、うつの回復期には自殺を図る人が増えるという点です。せっかく治りかけているのに残念です。この事実(うつによる自殺は回復期に多いということ)を患者さん自身が知っておくことが、予防策の一つになり得ます。
| つらいことが糖尿病のせいとは限りません。 からだや心がつらいと感じる時期は、誰にでもあるものです。つらさのすべてを糖尿病に結びつけて考える必要はありません。 |
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ご家族や周囲の方へ
・患者さんを励まさない…つらそうな様子を見ていると、つい「がんばって!」と声をかけたくなりますが、今まで人知れずがんばりすぎたことがうつの一因ともいえます。がんばりたくても今はそれができない状態なのですから、励ましは余計に負担になります。・無理に外出をすすめたり、質問をしすぎない…気分転換にと外出を促したり、本人に話す気がないのに不安の原因を聞き出そうと繰り返し質問するのは、かえって煩わしく感じられるものです。
・適度な距離をおいて、そばにいる時間を多く…たとえ会話をせず全く別な作業をしていても、親しい人が近くにいて同じ空間を共有しているだけで、心は安らぎます。もし、患者さんがなにかを話し始めたなら、まずは耳を傾け、最後までよく聞くようにしましょう。
| 本気で幸せを探しましたか。 あなたがまだ気付かずにいる幸せが、必ずあります。それを本気になって見つけようとしないまま、あきらめかけてはいませんか? |


