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糖尿病3分間ラーニング
インスリンとの歩き方
遠藤 伸司

第13回 お酒と血糖値と現実と

2016年11月

第13回 お酒と血糖値と現実と

 20代半ばになったころ、お酒を飲む機会がとても多くなった。歓迎会や送別会などの会社の行事で、上司や同僚と飲むお酒だったり、たまにお客さんから誘われて飲むこともあった。1型糖尿病とは言え、避けて通れないのが酒の席だった。

 もちろん、お酒は、仕事を円滑に進めるためのコミュニケーションツールでもある。1型糖尿病を理由にお酒を控えるのは、病気のせいで、窮屈な生活を強いられている、あわれな自分を見るようで嫌だった。だから、少し意地もあって、お酒の席に誘われれば、ほとんど断らなかった。 お客さんと酒を飲みに行ける関係になることは、車を売る意味でも、お客さんの貴重な経験を聞く意味でも、有意義なことだった。

 ただ、お酒を飲む上で、気をつけなければいけない点は、経験上、いくつか知っていた。

 つまみに始まり、酒を飲み、また、つまみを食べては、酒を飲む。

 牛丼だとか、ラーメンだとか、チャーハンだとか、ハンバーガーとか、社会人になってジャンキーな食生活ではあるけれど、とにかく主食のある食事が、僕の1型糖尿病食の基本形だった。運ばれてきた食事を見て、カロリーを考え、食べる前にインスリンを打って、できるだけ早く食事を済ませるのが僕のスタイルだった。

インスリンを打つタイミングは?

 ところが、お酒の席は主食を欠くケースが多い。(最初のビール注文時に、よもや焼きおにぎりを頼めるはずもなく、2杯目の注文時に、明太茶漬けを頼みたいとも思わなかった。)おまけに、おつまみときたら。あまりに多種多様で、しかも少しずつゆっくりと食べるものだから、いったいインスリンをいつ打ったらいいのか、僕はよく悩まされた。

 控えめで、低カロリーの枝豆や冷奴などのおつまみを注文するならば、もちろんインスリンの必要はないけれど、ただ、血気も盛んな、若いサラリーマンが飲み屋に行って、枝豆だの、冷奴だの、お新香だの、おきゅうとだの、カロリーの低いものばかりを注文していたら、周囲から浮いて

 「なぜ低カロリーのものばかり注文するのか」という質問が飛んできそうだった。

 まあ、お酒もまわり、気持ちよくなってきたころには、たいてい、高カロリーの居酒屋定番のおつまみ、すなわち、からあげとか、ポテトフライとか、天ぷらなどが登場する。高カロリーな食べ物が高血糖を招く、という暗黙の了解の中で、僕は別の感覚を肌で感じていた。

 それは、高カロリーの食べ物の全てが血糖値を上げる、ではなかった。

 だから、お酒の席で、高カロリーだけど主食の少ないものを食べるときに、僕は、迷わずに、けれども、かなり適当に、インスリンを少量だけ打った。

 楽しい飲み会で、それがやや緊張するお客さんとの酒の席でなくても、血糖値を測ることはとても面倒だった。お酒がまわれば、そもそも血糖値などに振り回されて、カロリーに気遣っている自分も嫌になる。気も大きくなって食後の血糖値を測ることはあまりなかったし、最後は、健康体の同僚と同様に、食べて飲んでを繰り返し、かなりカロリーオーバなつまみとお酒のサイクルとなっていた。

 つまり、酒の席が何日か続けば、1型糖尿病の僕の血糖値は、巡航体制に入ったジャンボジェット機のように、高い高度を維持しそうだったし、僕の体重もみるみる増えそうに思えた。

翌日の血糖値が不思議なことに……

 けれど、僕は長年の経験から、お酒がときどき血糖値を下げることを、なんとなくだけれど、確信に近いものを感じていた。ビール2本も飲めば、かなり酔って、くだを巻くようになるほどアルコールに弱い僕だけど、学生時代には先輩から、会社に入ってからは上司から大量にお酒を飲まされた日もあった。

 90度以上とも言われる、喉が焼けるほどの、スピリッツをショットグラスで3杯程飲んで、公園のベンチで一夜を過ごしたこともあったし、日本酒を一升近く飲まされた次の日に朝6時に出勤することもあった。そして、飲みすぎた翌日には、二日酔いに襲われるのと同時に、なぜだか長時間、僕の血糖値は低空飛行した。「二日酔い低血糖」みたいな現象が起きた。

 血糖値を測れば、食前はだいたい99mg/dL未満の「優」の成績であり、食後も140mg/dL以上になることがなく、規則正しい範囲(正常値)の中で僕の血糖値は推移した。とても不思議な現象で、普段、高血糖と低血糖を繰り返していた僕は、

「もしかして、血糖測定器が誤作動しているのではないか」

 という疑念すら頭に浮かんだ。そして、誤作動を確かめるように、たくさん血液を出して、何度か血糖値を測ってみた。けれど、機械は壊れていなかった。

 なぜかお酒をたくさん飲んだ翌日には、健康体の人と同じような血糖値になることが多かった。ありがたいことに……。けれども、僕は恐怖にも襲われる。それは、健康体の人には起こらず、1型糖尿病の僕には起こる低血糖の存在だった。

 いつ、突然、低血糖の領域に入ってしまうのだろうか。

 何の前ぶれもなく、突然、僕の血糖値は急降下して、あっという間に、70mg/dLの境界線を割って、低血糖の領域に入るのかもしれないし、もしかしたら飛行機の着陸のように徐々に徐々に降下して、冷や汗が額からタラーッと垂れてきて低血糖の領域に入るのかもしれない。

 70mg/dLという数値をいとも簡単に割ってしまう1型糖尿病の血糖値に、いつも僕は恐れをなしていた……。

 ただ、激しくお酒を飲んで、頭はガンガンして二日酔いになりながらも、低血糖昏睡を起こしたことはなかった。それは、二日酔いの日には、僕はいつもより多くの血糖値を測っていたし、自動販売機でエナジードリンクやジュースをよく買って飲んでいたからかもしれない。

 酒+高カロリーのつまみの翌日に、糖分の多いドリンクを飲むという行為を犯しても、血糖値はほとんど上がることがなく、僕は狐につままれたような気持ちになった。

 なんのことはない、これは「アルコール性低血糖」の症状だったのだろうが、当時の僕はアルコール性低血糖という言葉を知らなかった。問診の際に、お酒を暴飲したこと、翌日の血糖値がなぜか急降下していたことを話していれば、あるいは教えてもらっていたかもしれない。しかし、これは言えなかった。当時の僕は、そんな患者だった。

編集部注:「アルコール性低血糖」について詳しくは以下をご覧ください。
アルコール性低血糖(糖尿病用語辞典)
アルコールと低血糖の関係を教えてください(糖尿病Q&A1000)
アルコール性低血糖について教えてください(糖尿病Q&A1000)

2012年4月からヘモグロビンA1c(HbA1c)は以前の「JDS値」に0.4を足した
「NGSP値」で表わされるようになりました。過去の記事はこの変更に未対応の部分があります。

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