15. 糖尿病による失明・網膜症

2015年6月 改訂

監修
東北大学名誉教授 後藤由夫先生

編集
西葛西・井上眼科病院名誉院長
東京女子医科大学名誉教授 堀 貞夫先生


視覚障害者6人に1人は糖尿病による失明

視覚障害の原因疾患
若生里奈・小椋祐一郎、他:
日本における視覚障害の原因と現状、2014

 
糖尿病網膜症の発生率
2型糖尿病2,300名、4,600眼(断面調査:1989-1991)
東京女子医科大学糖尿病センター調査

 

 糖尿病による目の病気、とくに糖尿病網膜症(以下、網膜症と省略)の怖さは、自覚症状がないまま進むことです。ある日突然、「目の中に煙のすすがたまったようだ」、「真っ赤なカーテンがかすんで見える」―などといった訴えで眼科を訪ねることになるのですが、そのころには病気はかなり進んでいて、失明も覚悟しなくてはならないことが少なくありません。
 網膜症のために失明しないまでも社会生活に支障をきたして障害認定を受ける方は、視覚障害者の約6分の1に及び、50〜60歳代では視覚障害原因のトップとなっています。このような患者さんたちは、人生の充実期に突然視力を失うことになるため、ハンディキャップを受け止めることがなかなかできず、社会復帰に向けたリハビリテーションが思うように進まないのが現状です。その分、生活を援助するご家族の負担も大きくなっているのです。

なぜ失明するのでしょう?

 糖尿病による視覚障害の最大の原因は、網膜症です。網膜症の進行過程で起きることのある黄斑〈おうはん〉症や血管新生緑内障も、視覚障害につながります。次から、これらの病気について話を進めていきます。


網膜症が失明に至るまでの進行過程

 糖尿病の合併症は、高血糖によって血管が傷めつけられることが原因です。網膜には高血糖の影響を受けやすい細い血管が張り巡らされているため、糖尿病では特徴的な変化が現れてきます。単純網膜症、増殖前網膜症、増殖網膜症という順番を経て進行します。

単純網膜症

単純網膜症
 網膜の血管が高血糖によってもろくなり、小さな点状に出血(点状出血)を起こしたり、血液中の蛋白質や脂肪が染み出してできたシミ(硬性白斑〈こうせいはくはん〉)や細小血管にこぶ(毛細血管瘤)がみられます。
自覚症状
 全くありません。
治療方法
 血糖コントロールをよくすると通常、自然に消えていきます。

増殖前網膜症

増殖前網膜症
 血管がつまり、その先の網膜は血液が足りない状態(虚血〈きょけつ〉)となり、シミ(軟性〈なんせい〉白斑)をつくります。酸素欠乏で血管自体も死にかけてきます。死んでしまった血管のかわりに、新しい血管(新生血管)が伸び始める準備段階です。また、静脈が異常に腫れあがったり、細小血管の形が不規則になります。
自覚症状
 ほとんどありません。
治療方法
 虚血になっている網膜へ向けてレーザー光を照射するレーザー光凝固術〈ひかりぎょうこじゅつ〉治療の項参照。以下、光凝固と省略)を行い、新生血管が伸びてくるのを防ぎます。この段階で光凝固をきちんと行うことが、失明予防にとって重要なポイントです。
 光凝固のタイミングや範囲を正確に判断するために、造影剤を使った蛍光眼底検査をすることもあります。

増殖網膜症

増殖網膜症
 網膜の虚血を補おうとして新生血管()が伸びてくる段階です。新生血管は網膜だけでなく、本来なら血管は必要ない眼球内部のゼリー状の部分(硝子体〈しょうしたい〉)にも伸びてきます。
 新生血管の構造は非常にもろいため、破れて網膜や硝子体に出血を起こすことがあります。また新生血管から血液成分が漏れ出して硝子体の表面に膜(増殖膜)を作ります。増殖膜は硝子体と網膜の癒着〈ゆちゃく〉を強めるため、網膜剥離が起きやすくなります。
自覚症状
 この段階でも、大きな出血や網膜剥離が起きるまではほとんど無症状です。
治療方法
 網膜全体に光凝固を行い新生血管の活動を抑え、病状が安定するまで、こまめに検査を続けます。

網膜症が失明・視覚障害を起こす瞬間

 増殖網膜症になってしまったら、治療によって病状が安定し「増殖停止網膜症」となるまでは、以下のような視覚障害の危険と隣り合わせの状態といって過言ではありません。

出血で硝子体が混濁していて眼底がよく見えません。網膜剥離も起きています

網膜出血、硝子体出血
 新生血管が破れて網膜や硝子体内に出血が広がります。すると瞳孔から入ってくる光が網膜まで届かないので、視野が欠けたり視力が低下します。出血自体は徐々に引いていきますが、網膜のダメージが強い場合、出血が引いても視力が回復しません。出血の範囲が広くてなかなか引かない場合は手術で硝子体を切除し、人工の液体に置き換えます(硝子体手術)。

網膜剥離
 網膜と硝子体が増殖膜によって強く癒着しているため、硝子体のわずかな収縮(硝子体は歳とともに少しずつ収縮します)など、ささいな刺激が網膜にダイレクトに伝わり、網膜が剥がれてしまいます(牽引性網膜剥離)。手術で剥がれた網膜を元に戻しても、網膜がしっかり機能せず、視覚障害が残ってしまうこともあります。

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