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糖尿病による失明・網膜症
監修
東北大学名誉教授 後藤由夫先生

編集
東京女子医科大学眼科教授 堀 貞夫先生


視覚障害者5人に1人は糖尿病による失明

視覚障害の原因疾患
(厚生労働省調べ)

 

糖尿病網膜症の発生率
2型糖尿病2,300名、4,600眼(断面調査:1989-1991)
東京女子医科大学糖尿病センター調査

 

 糖尿病による目の病気、とくに糖尿病網膜症(以下、網膜症と省略)の怖さは、自覚症状がないまま進むことです。ある日突然、「目の中に煙のすすがたまったようだ」、「真っ赤なカーテンがかすんで見える」―などといった訴えで眼科を訪ねることになるのですが、そのころには病気はかなり進んでいて、失明も覚悟しなくてはならないことが少なくありません。
 網膜症のために失明しないまでも社会生活に支障をきたして障害認定を受ける方は、視覚障害者の約5 分の1 に及び、50〜60歳代では視覚障害原因のトップに位置しています。このような患者さんたちは、人生の充実期に突然視力を失うことになるため、ハンディキャップを受容することがなかなかできず、社会復帰に向けたリハビリテーションが思うように進まないのが現状です。その分、生活を援助するご家族の負担も大きくなっているのです。

なぜ失明するのでしょう?

 糖尿病による視覚障害の最大の原因は、網膜症です。網膜症の進行過程で起きることのある黄斑〈おうはん〉症や血管新生緑内障も、視覚障害につながります。次から、これらの病気について話を進めていきます。

網膜症が失明に至るまでの進行過程

 糖尿病の合併症は、高血糖によって血管が傷めつけられることが原因です。網膜には高血糖の影響を受けやすい細い血管が張り巡らされているため、糖尿病では特徴的な変化が現れてきます。単純網膜症、増殖前網膜症、増殖網膜症という順番を経て進行します。

単純網膜症

 網膜の血管が高血糖によってもろくなり、小さな点状に出血(点状出血)を起こしたり、血液中の蛋白質や脂肪が染み出してできたシミ(硬性白斑〈こうせいはくはん〉)や細小血管にこぶ(毛細血管瘤)がみられます。
自覚症状
 全くありません。
治療方法
 血糖コントロールをよくすると通常、自然に消えていきます。

増殖前網膜症

 血管がつまり、その先の網膜は血液が足りない状態(虚血〈きょけつ〉)となり、シミ(軟性〈なんせい〉白斑)をつくります。酸素欠乏で血管自体も死にかけてきます。死んでしまった血管のかわりに、新しい血管(新生血管)が伸び始める準備段階です。また、静脈が異常に腫れあがったり、細小血管の形が不規則になります。
自覚症状
 ほとんどありません。
治療方法
 虚血になっている網膜へ向けてレーザー光を照射するレーザー光凝固術〈ひかりぎょうこじゅつ〉治療の項参照。以下、光凝固と省略)を行い、新生血管が伸びてくるのを防ぎます。この段階で光凝固をきちんと行うことが、失明予防にとって重要なポイントです。
 光凝固のタイミングや範囲を正確に判断するために、造影剤を使った蛍光眼底検査をすることもあります。

増殖網膜症

 網膜の虚血を補おうとして新生血管が伸びてくる段階です。新生血管は網膜だけでなく、本来なら血管は必要ない眼球内部のゼリー状の部分(硝子体〈しょうしたい〉)にも伸びてきます。
 新生血管の構造は非常にもろいため、破れて網膜や硝子体に出血を起こすことがあります。また新生血管から血液成分が漏れ出して硝子体の表面に膜(増殖膜)を作ります。増殖膜は硝子体と網膜の癒着〈ゆちゃく〉を強めるため、網膜剥離が起きやすくなります。
自覚症状
 この段階でも、大きな出血や網膜剥離が起きるまではほとんど無症状です。
治療方法
 網膜全体に光凝固を行い新生血管の活動を抑え、病状が安定するまで、こまめに検査を続けます。

網膜症が失明・視覚障害を起こす瞬間

 増殖網膜症に進行してしまったら、治療によって病状が安定し「増殖停止網膜症」となるまでは、以下のような視覚障害の危険と隣り合わせといって過言ではありません。
網膜出血、硝子体出血 新生血管が破れて網膜や硝子体内に出血が広がります。すると瞳孔から入ってくる光が網膜まで届かないので、視野が欠けたり視力が低下します。出血自体は徐々に引いていきますが、網膜のダメージが強い場合、出血が引いても視力が回復しません。出血の範囲が広くてなかなか引かない場合は手術で硝子体を切除し、人工の液体に置き換えます(硝子体手術)。
網膜剥離 網膜と硝子体が増殖膜によって強く癒着しているため、硝子体のわずかな収縮(硝子体は歳とともに少しずつ収縮します)など、ささいな刺激が網膜にダイレクトに伝わり、網膜が剥がれてしまいます(牽引性網膜剥離)。手術で剥がれた網膜を元に戻しても、網膜がしっかり機能せず、視覚障害が残ってしまうこともあります。

網膜症は軽くても視力が下がる黄斑症

 ここまででおわかりのように網膜症は、失明の危機に直面する最後の最後まで、自覚症状がほとんど現れません。しかし網膜症の進行とは関係なく視力が低下する合併症もあります。それが黄斑〈おうはん〉症です。
 黄斑とは、網膜の中央に位置し、視力を司っている部分、いわば網膜の中で最も大切な範囲です。黄斑がダメージを受けると、たとえ黄斑以外の網膜が問題なくても視力が低下してしまいます。黄斑症のみであれば失明に至ることはありませんが、QOL(生活の質)が低下し、患者さんにとって大きな問題となります。
 糖尿病による黄斑症としては、血管障害の影響による黄斑のむくみ(黄斑浮腫〈ふしゅ〉)がよくみられます。網膜症による失明予防のために行った光凝固をきっかけに、黄斑浮腫が起きることもあります。
 現在、黄斑部への光凝固や、抗VEGF薬(治療の項参照)またはステロイド薬を目に注射する治療が行われており一定の効果を挙げていますが、どのような治療法がベストなのかまだわかっておらず、試行錯誤が続いている段階です。
光干渉断層計という器械でみた黄斑浮腫左の写真の黄斑浮腫をステロイド注射で治療した後

増殖網膜症に伴う血管新生緑内障

 増殖網膜症で問題になる新生血管は網膜や硝子体だけでなく、眼球の前のほうの虹彩〈こうさい〉という所にも発生することがあります。虹彩には眼球内の水分(房水〈ぼうすい〉)を外へ排泄する小さな穴(シュレム管)があるのですが、その穴を新生血管が塞いでしまうと房水が排泄されにくくなります。すると眼球内の圧力(眼圧)が高くなって、視神経が圧迫されて視野が欠けてきます。これが血管新生緑内障です。
 ふつうの緑内障よりも治療が難しく失明に至ることが多いのですが、最近は抗VEGF薬で新生血管の活動を抑えるなど、新しい試みが効果を挙げています。

糖尿病と関係がある、その他の目の病気

白内障 目のレンズ(水 晶体〈すいしょうたい〉)が濁る病気です。歳をとれば誰にでも起こりますが、糖尿病のために発症や進行が早まることがあります。ほとんどの場合、水晶体を人工のレンズに交換する手術で、治療できます。
まぶたが開かない、物がダブって見える 糖尿病の合併症の一つ「神経障害」があると、このような症状が現れることがあります。多くの場合は一時的なもので、しばらくすると治ります。
遠視 血糖コントロールが急によくなったとき、一時的に遠視になることがあります。
目の血管や神経の病気 目の血管の太い部分が詰まったり、目の神経が侵されたりして、突然、視覚が障害されることがあります。
その他 目の表面(角膜)の病気、例えばドライアイなども、糖尿病や糖尿病合併症の影響で起きやすくなります。


格段に進歩した網膜症治療

 かつて眼科医は、網膜症に対してこれといった治療手段をもっていませんでした。しかし約40年にレーザー光凝固術が登場し、治療は大きく前進しました。視覚障害の回復はできないものの、病気の進行を遅らせることができるようになったのです。さらに硝子体手術の普及とともに、視力を取り戻せるケースが現れ始めました。そして近年、薬物治療という網膜症治療の三つ目の柱が注目されています。

レーザー光凝固術

 血流がなくなっている網膜へ向けて、瞳孔からレーザー光を照射し、そのエネルギーで網膜を凝固する治療法です。凝固した部分は血液の需要が減るため、そこに新生血管が伸びてくるのを予防できます。
 所用時間は1 回20〜30分程度。点眼麻酔だけで外来(通院)で行えます。まぶしい感じはしますが、ひどい痛みはありません。新生血管の活動が活発なときなどは、病状が安定するまで日を変えて繰り返し行います。1 回につき数十から数百箇所、凝固します。
 なお、光凝固はあくまで網膜症の進行を防ぐ治療で、視力改善法ではありません。ただ、黄斑浮腫の原因の出血点を凝固し浮腫が改善した場合など、視力の改善が期待できるケースもあります。

硝子体手術

 硝子体は眼球内部の大半を占めているゼリー状の組織で、眼球のかたちを内部から支え、かつ眼球内の透明性を維持しています。硝子体に大量の出血が起きてそれが引かない場合、濁った硝子体を切除して人工の液体に置き換える硝子体手術で視機能の改善を図ります。網膜剥離に対しても、網膜を元の位置に戻す硝子体手術が行われます。
 また、新生血管は硝子体を足場にして伸びてくるので、硝子体を切除することで新生血管の活動性を抑えたり、増殖膜を介した牽引性網膜剥離の防止や黄斑浮腫の軽減のためにも、硝子体手術が行われます。
 硝子体手術は以前、視覚障害が発生した後に視力回復の望みをかけて最終手段的に行うことが多かったのですが、手術の器具と術式の進歩により安全性が向上し、今では視機能が低下する前に予防的に行うことも増えています。

薬物療法

 網膜症や黄斑症、血管新生緑内障の進行には、血管から血液の成分が漏れ出すことや新生血管の発生が強く関係しています。これらの現象は、網膜が虚血になったときに発生するVEGF(血管内皮細胞増殖因子)によって引き起こされます。そこで近年、VEGFの働きを抑制する抗VEGF薬を、硝子体に注射する治療法が普及してきました。特に黄斑症の治療に多用されています。抗VEGF薬のほかにステロイド薬にも同じような効果があります。
 ただし、このような薬の使い方はまだ正式には承認されておらず、現在、臨床試験を行い承認取得の準備が進められているところです。なお、薬の効果が長続きしないために繰り返し注射が必要なことも多く、副作用への配慮は欠かせません。

糖尿病から目を守るために

 ここで紹介した治療法は、すべて、より良い血糖コントロールを大前提にしています。血糖コントロールが良いほど網膜症が起きにくいことは、国内外の膨大な調査研究の一致した結果です。

血糖コントロールが悪いほど網膜症が起きやすいことについて、世界中の研究結果が一致しています。一例として、日本人を対象に行われた熊本スタディの結果を右図に示します。



 より良い血糖コントロールを心掛けたうえで、さらに注意していただきたいことを最後にまとめておきます。
精密眼底検査を習慣づけて 網膜症は自覚症状に現れずに進行しますが、検査を受ければ早期に発見できます。早期であればあるほど、治療の成功率は高いものです。通常の生活習慣病健診の眼底検査は網膜の一部しか診ないので、糖尿病の患者さんは眼科医による精密な眼底検査を定期期に受けてください。
急な血糖コントロールに注意 血糖コントロールが悪い状態が何年も続き、網膜症がみつかった途端、厳格なコントロールを始めると、網膜症が急速に悪化することがあります。このような場合、内科の医師と密接な連絡を取り合いながら、少しずつ血糖を下げます。
運動療法を制限する より良い血糖コントロールには運動療法が不可欠ですが、増殖網膜症に進んでいる場合、激しい運動が眼底出血などのきっかけになることがあるので、散歩程度の軽い運動にとどめてください。
出産について 状態が不安定な網膜症があると、出産によって病気が急に進み失明する危険もあります。事前に精密眼底検査を受け、必要に応じて光凝固などで網膜症を治療し、血糖コントロールがよくなった後であれば、妊娠・出産も大丈夫です。
糖尿病眼手帳を持ちましょう 日本糖尿病眼学会から『糖尿病眼手帳』というポケットサイズの手帳が発行されています。眼科と内科での検査結果や治療内容を記載でき、患者さんご自身のメモとしてだけでなく、内科医と眼科医の医師同士の連絡にも役立ちますので、通院の際にはぜひ携帯してください。

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